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第68回は全日本プロレス【四天王】後編!天龍源一郎を始めとしたレスラーの大量離脱で危機に陥った全日本プロレスだったが、そこで立ち上がったのが三沢光晴!タイガーマスクの覆面を脱ぎ、若手選手とともに“超世代軍”を結成!「打倒鶴田」の構図で盛り上がりを見せる中、ジャンボ鶴田が病気のためセミリタイアとなってしまう…!そこで、川田利明が高校時代の先輩である三沢と袂を分かち、田上明と“聖鬼軍”を結成!三沢光晴、小橋健太(現・建太)、田上明、川田利明の4人は【四天王】と呼ばれるようになり、四天王のとんでもない激闘はプロレスファンから熱狂的な支持を集めることとなった!そんな四天王の名勝負を、有田が熱く熱く語っていく…!
※前編はコチラ▷https://youtu.be/M1xoIeR8_ic

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■この動画で有田さんがお話した大会・触れた大会
・1997.10.21 全日本プロレス 日本武道館
「’97ジャイアントシリーズ」最終戦
(三沢光晴 vs 小橋健太|プロレス大賞年間最優秀試合賞)
・1998.10.31 全日本プロレス 日本武道館
「’98ジャイアントシリーズ」最終戦
(小橋健太 vs 三沢光晴|小橋が最優秀選手賞&プロレス大賞年間最優秀試合賞)
・1995.1.19 全日本プロレス 大阪府立体育会館
「’95新春ジャイアントシリーズ」第14戦 
(川田利明 vs 小橋健太|阪神・淡路大震災の2日後の60分フルタイムドロー)
・1993.8.31 全日本プロレス 豊橋市総合体育館
「’93サマーアクションシリーズⅡ」第10戦
(小橋健太 vs スティーブ・ウイリアムス|バックドロップドライバー)

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■視聴者のみなさまへ
有田さんが記憶をもとにその場で語っているため、多少、言い間違えたり記憶違いをされていたりすることもあるかもしれませんが、そのあたりも含めて、ぜひ有田さんの熱いプロレストークをお楽しみ頂けたらと思います!(スタッフより)

※この動画は、感染防止対策を行った上で収録しております。

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#オマエ有田だろ
#福田充徳
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#川田利明
#田上明
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OP作詞作曲:MC JAPAN&GREEN BREW STUDIO
OPCG:斎藤良浩

©2022「有田哲平のプロレス噺【オマエ有田だろ!!】」プロジェクト

27 Comments

  1. 四天王誕生のきっかけはジャンボの長期欠場。鶴田という高い壁が突然いなくなり、超世代軍は遂に5冠を独占し頂点へ。三沢に3冠を先に越され、鶴田という戦う相手を失い、マッチメイクのマンネリ化に危機感を感じた川田が行動を起こしたのが四天王時代誕生への流れ。そんな四天王誕生前夜、最後の超世代対決となった1993年3月チャンピオンカーニバル公式戦での三沢vs川田は隠れた名勝負

  2. 四天王プロレスリアルタイムで見てました。一番印象に残ってるのが田上さんがチャンピオンカーニバル優勝したときにダイナミックボムやエプロンサイドからの喉輪落としに大興奮したのを覚えてます。田上火山大噴火でしたね‼️

  3. 四天王時代入りかけの91~93年の全日本が好きだった
    川田対田上
    三沢川田対ゴディウイリアムス
    鶴田田上対三沢小橋
    川田対ハンセン
    三沢対川田
    小橋対ウイリアムス
    四天王以降の技の掛け合い受け合い垂直落下頼りになる寸前の究極のピュアなプロレスだと思ってる

  4. 有田と週刊プロレスとからずっと四天王を待ち続けてました。フューチャーしてくださってありがとうございます。
    四天王は中高生だった自分にとって青春そのものでした。会場での観戦はもちろん、ジャストミートの実況と感無量で何も言えなくなった馬場さんの姿も忘れる事が出来ません。

  5. 馬場さんが
    「こんなに凄い試合自分には出来ないから解説出来ませんよ」
    と涙流して感動するくらい尊い時代でしたね
    あの頃の全日本をリアルタイムで会場で観戦出来て本当に幸せでした

  6. 四天王プロレスはある意味究極的でしたね。
    私は川田の感情剥き出しが好きでした。
    足利の先輩後輩でもあり、三沢タイガーマスクデビューに向けて練習パートナーでもあった川田。
    三沢対川田がベストバウトかなー。三沢エルボーのエグさも群を抜いていたし。
    川田は復帰戦で三沢からT.D.’91喰らった際には『殺意を感じた』と言ってましたね。

  7. 子どもの頃全日と親日はマットの固さが違って全日のマットは柔らかから危険性が高い技を出しまくれると思ってました。

  8. 四天王プロレスは「たまたま見た試合が全部面白い」という発言に泣きそうになった。
    本当に感情が揺さぶられる試合ばかりだった。
    シングル戦は1試合1試合が大事に組まれていたし、タッグ戦線も重厚な試合ばかりだった。
    幸せな時代だった。

  9. 一番プロレス観てた四天王時代。変なマイク合戦もなく無骨に闘い合う全日本が本当に好きでした。

  10. 私の中の四天王戦でナンバーワンは「1999年1月22日 大阪府立体育会館 三沢VS川田 三冠戦」です。
    小学生だった私は親と一緒にリングサイドで見てました。
    一番の衝撃の場面は三沢選手のウラカンラナを止めて垂直に落としたシーン。プロレス見て初めて「うわぁ」ってドン引きした声が出た。
    見てない人は、ぜひ見て欲しい。

  11. WWFのエンタメ系や格闘技路線のUWFも良いけど、プロレスの完成形が四天王プロレスでしたね。会場で観戦出来ていた事が改めて有り難く思いました。

  12. 秋山+したらドリフターズかな⁉️
    世紀末プロレス最高‼️
    馬場さんも安心して天国に旅立った‼️
    その後の事は、知らんけど~‼️
    ゜゜゜゜゜-y(^。^)。o0○(笑)

  13. 馬場さんが提唱してた『明るく楽しく激しいプロレス』がここまで昇華しちゃうの!?って位に凄い時代だったなぁ(*´▽`*)
    “断崖式~”とか出だしたのもこの頃からだったんじゃないかな?

  14. マイク合戦のハシリがあったじゃないですか。ラッシャー木村のマイクパフォーマンス。あれからレスラーが試合後マイクでなんか言うっていうのが確立されていった。ハードな試合ばかりでなく、馬場の王道試合、ラッシャーのマイク、渕の嫁作れ、永源のツバ、ジョニーエースと小橋のイケメンコンビで女子ファン急増など、本当におもしろかった。プロレスの完成系ですね

  15. あの頃は凄かったよな〜
    とんねるずの石橋も三沢のエルボー連呼してたし…
    社会現象だった。
    あと客席ひな壇あたりに必ず勝俣が見えたりw
    四天王からのジュニア世代の台頭、高山杉浦のタッグとかいい試合ありすぎ!

  16. 四天王というと「危険」という文字が真っ先に紐付いてくるけど、アレはそもそも四天王プロレスが抜群に面白い極上のプロレスであったが為に、「今後ファンがあれを毎回求めたらお互いの為にならんよ」という戒めの意味を持たせた言葉だった筈。
    その大前提の最上級のプロレスであったという部分が時と共に認識が薄れ、単純に「危険なプロレス」をやっていた時代と捉えられるのは口惜しい限りでした。
    なので、今回は本当に嬉しかったです。あの熱狂は本物であったと再確認出来ました。

  17. 明らかに格上の鶴田・ハンセン・ゴディって化け物に投げられても、喰らっても
    立ち向かって越えていく姿に感動したんだよな~
    若林マンモス健治の実況も最高だった

  18. 三沢と闘うようになってから一切プライベートで顔合わせなくなった三沢川田の本気と徹底ぶりは、馬場と猪木以上だと思う

  19. 四天王プロレスはビートルズだとの例えは、斬新だけどなるほどと納得した。
    外れがない試合と、どれも心に残る曲。

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