朗読のつどい 2024年6月23日(日)

場及びパーク500が対象 です入り口に機械が置いてありますので 駐車券をお通し ください携帯電話はマナーモードなど音が 出ないように今一度ご確認をお願いいたし ます非常時は係員が誘導いたしますので 指示に従っていただきますようお願い いたし ますそれではもうしばらくお待ちください こ 大変お待たせいたしましたただいまから 朗読の会朗読の集いを改変いたし ます最初の作品ですアマ君子佐鈴掛通り3 丁目朗読高橋博子議演奏アントンでお送り いたします [拍手] 鈴通り3丁目 [音楽] K [音楽] [音楽] 鈴通り山頂へまで行って くださいそのお客は車へ乗ると静かな声で 言いまし た40ぐらいの色の大変白いふっくらした 女の人でし たすか通りと松井さんは聞き返しました そんな はまだ聞いたことがなかったから です ええ鈴通り3丁目 ですお客は白い半角で汗を吹きながら答え まし たじっとしていても汗が吹き出してくる ような真夏の午後 です何か目印の建物が近くにありますか 松井さんは新前の頃よく言ったように訪ね まし た白会館の近く です白 会館あの辺ならよく知っています けれどそんな通りはありません よ いいえあるのです早く車を出して くださいお客がきっぱりと言いましたので 松井さんはエンジンをかけまし たハンドルを回しながら松井さんは思い まし たあの白不会館の近くにそんな通りがあっ たか なこのお客さんの勘違いではないかしら 仕上げ不会館というのは名前とは反対で 薄汚れた4階建てのビルでし た周りは7回8回の新しい立派なビル ばかりだから一層古ぼけて汚く見えるのか もしれませ ん青い信号の下を13回過ぎた 時やっとその白会館の前に出まし たもう少しまっすぐに行って くださいあそこに大きな鈴掛の木があり ます ねそれを右に曲がるの ですご客に言われてハンドルを右に回し まし た途端に松井さんはびっくりして おおと声を出してしまいまし た高いビルがまだまだ続くはずでしたのに どうしたこと でしょうビルなどすっかりなくなってい まし たそしてその代わり赤や緑の屋根の家が いくつも並んでいるの ですアスファルトの道の両側に鈴の並木が ずっと遠くまで続いていまし た街中にこのような通りがあったとは知ら なかっ たもう3年も運転手をしてるの に松井さんがそう思った時後ろのお客が 言いまし た右側に白い建物が見えますねあのげ 向こうにと止めて ください屋根の赤い小さな家でし た待っていて ください私はまた駅まで帰ります から2時45分の特急に乗らなければなら ないの ですお客は降りていきましたそして胸 ぐらいの高さしかない門の上から手を 伸ばして中の抜きを自分で外しまし たぎーっと白いペキ縫いの門が開くと 振り向きもしないで入っていきまし たユターンしてすかの木の影に車を止め まし た手の形に似た鈴の歯が空色の車の上で さわさわと揺れてい ます涼しい風が窓から入ってきまし た松井さんはタバコに火をつけまし たこんなに静かな通があっただろうか車が 1台も通っていないじゃない か夢でも見てるよう だ井さんはそんなことを思いまし たその時お客が入った家の方から楽しそう な笑い声が聞こえたような気がしました [音楽] [音楽] [音楽] お待たせしまし たタバコを揉み消した時ちょうどお客が車 に戻ってきまし た空色の車はまた滑るように走り出し ます鈴通り 過ぎ会館の前を過ぎてから松井さんは言い ましたお客さんこの町の人ではないん でしょうそれなのによくあんな通りを知っ ています ね戦争が終わるまではずっとあそこに 暮らしていましたからとお客は答えました そして話し続けました あの辺りはひが来て泣くほど静かなところ でした よでも昭和20年の春から風習が始まり ました [音楽] 7月の大九州の時30機の便29が町の空 を 飛び回り正油団を次々に落としまし たあちらもこちらも家事になり町はもう火 の海でし た3歳だった2人の息子を私は1人は 背負い1人は て ええ双子だったのです よ逃げ回りまし た やっとイド公園にたどり着いた 時背中の子供も抱いていた子供 もお客はしばらく黙ってから言いまし た死んでいたのです 松井さんの目の前に鈴掛通りが見えずらっ と並んでいた波の大きな歯が炎を吹いて 燃え始めまし た赤や緑の屋根やオレンジ色の凄まじい炎 に包まれてい ますどの家もすっかり燃えてしまった次の 朝風呂やの焼けの原にあの白会館がたった 1つポツンと残っていたの です赤の信号を見てブレーキをかけながら 松井さんは言いまし たもしお子さんが生きていられたらもう 25歳です ね私の弟と ちょうど同い年です から いえ運転者 さ息子たちは何年経っても3歳なの です母親の私だけが年にっていき ますでも息子を思う時だけは ちゃんこの私も元の若さに戻るこ戻る気が するんですです よ面白いものですね [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] 以上駅の6角形の塔が見えてきまし た両側や前や後ろに黒や赤や青の車が増え てい ます真夏の強い光をどの車もギラギラ反射 して眩しいほど です進みが悪くなったので車の中は一層 暑くなってきまし たやっと駅前 ですおつがいりませ ん手のひらに1000円札を乗せてくれた お客の手を見て松井さんはびっくりしまし た た茶色ですがったおばあさんの 手振り返ると本当に小さなおばあさんが 座っていて財布をパチンと閉めたところ でし た驚いてじろじろ見つめている松井さんに おばあさんは静かな声で 言う22年前の県内です 双の息子たちが死ん だ細い目が涙で光ってい ますおかげ で昔の牛に帰ることができまし た息子たちと毎日遊んだ家 ですお分りでしょうか さんの後ろ姿がたくさんの人に紛れて見え なくなった松井さんは目が覚めたように ハっとしまし たメーターは 370万 です車の外に飛び出しました何か一言言い たいんですそれにお釣りも返さにばなり ませ ん顔にも首にも背中にも汗が筋になって 流れてい ます000札をしっかり握ったまま松井 さんは駅の長い長い階段を駆け上がって いきました [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] T [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] JA [音楽] ます あ 次の作品は高木信子作 花正朗読はナいです [音楽] 花東京へは仕事で度々出かけるしその度 ホテルに泊まるのだけれどホテルにも相性 があるらしくあるホテルに止まった時は 予定された仕事が万うまくいくのに別の ホテルだとどうも困ったことが失敗すると いう経験が あるこちらの木の持をだろうがホテルの せいではないと知りつつできることなら そのホテルを避けたいけれどやむ得ず宿泊 することも ある宿泊ホテルとは関係ない関係などある はずがない自分に聞かせてはいたが またもや事故が起きた以前宿泊した時は 夜中に腰に激痛が走ったけれど今回は転ん で左手首を骨折したのだホテルの前で横 からふわりと風が来て首に巻いていた シルクのスカーフが飛んだ思わず手を 伸ばした途端そのまま泳ぐように転んで手 をついてしまっ た鼻勝負をプリントした入りのオーバン スカーフだったので汚したくなくて無理な 体勢で手をついた らしい激痛が走った一緒にいた家族は何が 起きたのかが分からずあららと小さく叫ん だだけで声も出ない私を見下ろしただ 呆れ顔だっ た痛みで油汗が流れ慌てて救急者を呼んで もらい品の町の救急病院に搬送された片手 をネットのようなもので潰されていちや私 は痛みに絶え2日後に福岡の自宅から車間 で3時間の専門病院で手術を受けたの だあらら程度だと私も思っていたけれど 手首の骨が8個に割れていたプレートと ボルトでつなぎ合わせる手術が必要でその 病院にに優秀な下界がいるからと紹介を 受けたので ある手術はうまくいった術後のレト原写真 で何本ものチタの板や釘が重なり合って 見えた時私の手首は金属で占領されたよう に感じたが先生は平然とうまくいきました よそのうち骨がくっつきますとやかに言っ たんだ これでは左半身が重くて歩くのにバランス が悪くないですかと冗談でいったところ 先生はまあちょっとは体重が増えましたか ねと笑っ た術後2日目短時間の散歩の許可が出たの で私は三角筋を首から吊して久々に外に出 たくれぐれも転ばぬようにと年されたので 足元だけはよく見て歩い た病院は湖のそばに立っていた一周しても 生ぜ30分だと聞いていたこの総合病院は 水とは反対側に広い駐車場を備えていて 入院上棟は湖の側に建てられていた散歩を 許された入院患者はこの湖の収入を楽しん だ 途中にベンチも置かれていて共型の湖の 病院からは隠れてしまう場所に雨風に さらされ白色なハゲ落ちた神社の鳥居が あった石段は山肌を生い上がっていて しかも急だったさすがに入院患者は下から 参拝して行きすぎる だけ私も鳥の手前で三角筋で釣った左手に 右手を添えるようにして参拝しコケした 石段の先を仰ぎ見たけれど緑の木々に覆わ れて社は見えなかった入院患者なら誰もは そのようにして早い回復を祈るに違い ない鳥を行きすぎると湖が山際まで 入り込んでいてその場所だけ沼上になって いる場所があるその沼一面に花勝が入いて すぼみや花が立ち上がっていた薄紫の仮が ややと開きすぼみもまっすぐ空へと向かい 庭の上にだけ花勝負から立ちのぼる湯の ように湿った空気が溜まって いる花勝負の美しさは少しでも触れれば その薄くて柔らかな仮がいかんだから わずかな風でさえ遠慮がちに仮をすり抜け るそのあかな優しさにあるありに 立ち込める湿った空気は仮を守り包む役目 なの か花勝負の沼の一番奥に背後の3輪に 溶け込むように深緑色の屋根が見え壁に 書かれたカフェの文字が読み取れ たこんなところにカフェがと近づいていく と窓にカウンターが見えた扉を開けて入っ ていくコーヒーの香りが顔を包んでき た いらっしゃいカウンターの中の紫のエプロ の男が静かに声を出した店の奥から若い女 が立ち上がり軽く目で挨拶 する男は40代かすっきりとした重長の顔 女は30だろうやはり涼やかな 持ち同じ紫のエプロン姿にああと気づいた これは花勝負の色 だここにこんなお店があるの知りません でしたと私は驚きカウンターの1番窓際に 腰を下ろす窓越しに花勝負が広がってい た山と山の谷なので 午後の光さえ届かずけれど暗いというわけ でもない灰色の車がかかりそれゆえ帰って 鼻の色ばかりが起き上がって目に 迫るお待ちしていたのですと男が嬉しそう に 言う他に客はいないご飯を散歩するのは おそらく病院の入院患者だけだろう日に 10人も散歩者がいるかどう かこのカフェずっと長くやっておられるの ですか ええまあそうですねでも花勝負の時だけ ですがえこの季節 だけその窓から見える花勝負はりだけ 美しい でしょう湖の一部にこんな花勝負の沼が あるなんてずっと湖に沿って歩いてきて 突然入り込んでいるのでちょっと秘密の 場所のような感じです ね男は柔らかな笑顔で頷き若い女はゆらり と立ち上がりカウンター街へ入ったサホが 2つ置かれてい たコーヒーはどれにしましょうかと問われ て止まろう 壁にメニューは ないどんなコーヒーがあり ますアメリカンかモタかブルーマウンテン かと言ってもそれぐらいしか知ら ない 東京 道草雨宿り 小もちろん花勝負も色々あり ます私は耳を疑いじっと男をを見た何事も なく平然としているので次に女に目をやめ やはり手元にコーヒーカップを用意して いるだけでわずかにえんでいるけれど冗談 の様子など ないこの店ではそんな名前がつけられて いるのかもしれないと思い直し てでしたら東京をお願いしますと言った ところはい東京ですねと女が返事した 初めて聞く女の声には水が流れているよう な透明感があっ たしばらく外の花勝負にれていたが コーヒーの香りにはっと割に帰り目の前に 置かれたカップに目を落とし た白い陶器に花勝負が描かれ てる陶器の花と窓の外に広がる鼻の色が 同じでその徹底ぶりには奇妙な印象を受け たが美しければそれでいいとも 思うこれが東京というコーヒーですかと ゆらめく香りに顔を近づけながら言う とそうです東京は甘い香りが強いのです もちろん苦もあります と男が説明した口に含むと確かに甘みも 苦みも強く感じられたそれが新鮮で 心地よい美味しいですと思わずつやいた 久しぶりにしっかりしたコーヒーに ありついた気が するこれは後を引く味と香りです ねいつまでも忘れられないいえ 下にも鼻にもくっついていて離れ ないそうでしょ東京って1度味わうと離れ られなくなるのですと今度は女が身を 乗り出して言うけれどその怖には何か 聞き入れてもらえないことを合弁している ような子供じみた切実さがあっ た失礼ですががお2人 ははい今は夫婦です今は一言が引っかかる けれどそれ以上尋ねることもでき ないいいですねこんな綺麗なところに綺麗 なカフェそして素敵なご 夫婦男の横顔は日の限りを帯びて灰色に ぼやけて 見える常ににしても東京なんて名前の コーヒーがこんなに美味しいなんて想像 できませんでした東京でコーヒー豆は取れ ませんから東京への憧れでこんな名前を つけられた の女は首にスカーフを巻いている私が持っ ていたスカーフに色合いが似ていたけれど 私のスカーフは転んだ時土で汚れ破れて しまったので捨ててしまった 女の目が淡々と霞みその中に切実な悲しみ のような気配がある魅力的な顔立ちだが 正規が失せて見えた黒い髪を長く垂らして 雰囲気はひ人形のようだ眉が薄く改めて 美人だと 思うそうですね東京は何でもありますが 壊れるのも早いですそれに壊れたらもう 行き場のない町が東京でもここに戻れば こうしてと女は男を流しめ た女は東京で出演し男の元に戻ってきたの かそれとも2人で東京に出て都会の戻って きた の私の粉粉になった手首の骨もここでなら 元通りになるそんなことをぼんやりと 考える私は東京で転んで怪我をして戻って きたばかりなんです粉々になった手首の骨 をくっつけてもあっ て女はただ深いため息を作る男もまた私 から目をそらし た女が低い声で細鋭くつい たごめんなさい ねこんな目に合わせてでも仕方なかった の私は空白を飲み込みそしてゆっくりと 入った吐た息が行場を 失う女が私に謝る意味がわからないわから ないけれど何か嫌な気分が持ち上がって くる この男女から逃げなくてはと瞬間思う逃げ なくてはならない女に謝る意味を尋ねては ならないし尋ねればもっと嫌な気分になる 予感が するこんな目に合わせ てこんな目に合わせてですか ねコーヒーを最後にすりしてさげなく 立ち上がっ たそろそろ入院病棟へ戻らなくてはなら ないのでとつぶやきながら売店での買の ようにポケットに入れていた000札を 飛び出すいえお金はいりませんと女が手で 制したその手が光りとし たではお言葉に甘えてご馳走になり ます何も気づいていないふで いるこのカフェも窓からの景色も もちろんコヒも素敵でした時々病院の患者 さんが来られると思いますが入院中のつさ がお2人のおかげで吹き飛びました ありがとうございまし た私の声は震えていないか大丈夫 か女の顔にカタな笑がやろう何かしら優位 に立った 気配あなたがりになった東京の穴ホテル から私たちご一緒でしたお怪我をされた時 もすぐ後ろにいまし たそうなのかこの2人が私のスカーフを 引っ張ったの か私たちあのホテルの部屋から13年間 出ることができませんでしたホテルを2人 で汚してしまったバで けれどあなたがあの部屋に泊まって くださった私たちの故郷のお客様だったし ここまでついてくることができまし たおかげでようやく故郷に戻ることができ てこうして東京での誤ちを償うこと も男も身を寄せて何か言おうとする2人の 顔も声もゆらゆらと白濁していく 聞き終わのうちに私は走り出していた紫色 の風が追いかけてくるああ東京のあの ホテルに泊まるたび私は体のあちこちに 不調を感じた男女の魂が同じ故郷の宿泊客 を探していたの かそういえばあのホテルで男女の神獣が あった同じ故郷の男女だったのにと女が 女医さんだったのでそのニュースが遠い 記憶のどこかに引っかかっていっ た不倫の挙句東京に逃げたもののどういう 事情かわからないが行き詰まっての神獣だ と思われたあまりに古風な事件しかも女は 女医さん今時こんな男女もいるのかと思っ た洋服が あ走った転ばぬように必死で走り病院の 敷地にたどり着き倒れ込みそうになり ながら目をあげるとまだ昼の日は高く 植込みの砂を白く照らしていた汗が首筋を 入りまたもや目がくらんでき た顔見知りの看護師が走り近づいてきた どうなさったの大丈夫 ええ湖の周りを一周し て転んだりしなかっ た大丈夫ですこの湖途中に花勝負の沼が ありますよねえ沼ほら神社の鳥を過ぎて しばらくすると入り江みたいになった沼に 花勝負がびっしりととても綺麗に咲いてい て私の息はく砂を巻き上げん ばかり看護師は即座に答え たそんな沼はないわ よ私この病院に勤務してもうすぐ30年だ し患者さんを連れて何度も湖の周囲は歩い たけど花勝負の沼なんて見たこともない わ入になったところのおしゃれなカフェ はないわよつい数日前にも車椅をして参考 したけど棚勝負とかカフェとかそんなもの なかったわあなたどうした のだったらこの病院の女さんが東京の ホテルで新人事件を起こした時 は看護師は私から手を話し無言で私の目を 覗き込んだそのの無言からは声にできない 意味が感じ とりため息の後看護師はさあ異局長の開心 の時間よと無理やり私を 立ち上がっ看護師の手もかかに震えてい [音楽] たあ [音楽] 一部最後の作品 です山川 尾崎夏野 レ朗読は渡辺道子 [音楽] [音楽] 夏の 創れ海岸の小さな町の駅に降りて彼は しばらくは物珍しげにあたりをを眺めてい た駅前の風景はすっかり変わってい たアーケードのついた明るいマーケット風 の通りができその道路も固く舗装されて しまって いる裸のまま砂利の多いこの道をかけて 通学させられた小学生の頃の自分を急に 生々しく彼は思い出したあれは戦争の末期 だっ た彼はいわゆる都会治郎としてこの町に丸 3ヶ月ほど住んでいたのだっ たあれ以来俺は一度もこの町を訪ねたこと はないその自分が今は大学をで就職をし1 人前の出張帰りのサラリーマンの1人とし てこの町に来て いる東京には明日までに帰ればよかった 23時間は十分にブラブラできる時間が ある彼は駅の売店でタバコを使いそれに火 をつつけるとゆっくりと歩き出し た夏の真昼だっ た小さな町の家並はすぐに尽きて昔のまま の踏切りを超えると線路に 両側にやや気腹のある旗が 広がる彼は目を細めながら歩い た遠くにかすかに海の音がしてい たなだらかな昇級の裾ひょろ長い1本の末 に見覚えのある他の裾を回りかけて突然彼 は化石したように足を止め たアの思い光を浴び青青とした葉を波打た せた広い芋畑の向こうに一列になって服を 着た人々の小さな創立が動いて いる一瞬彼は10数年の歳月が中に消えて 自分が再びあの時の中にいる錯覚に捉え られた呆然と口を分けて彼はしばらくは息 をることを忘れてい た能力の派を重ねた一面の広い芋畑の 向こうに一列になった小さな人影が動いて いた線路空の道にたって彼は真っ白なワン ピースを着た同じ初会児童のひこさんと 並んでそれを見てい たこの海岸の町の国民学校では から来た子供は彼とひこさんの2人きり だった未年上級の5年生で勉強もよくでき 大柄なひこさんはいつも彼をかってくれ 弱虫の彼を離れなかっ たよく晴れた昼近くでその日も2人きりで 海岸で遊んできた帰りだっ た行列はひどくのろのろとしていた戦闘の 人は大昔の人のような白い着物に黒っぽい 長い帽子をかぶり顔の前で何かを振り ながら歩いている続いて竹頭のようなもの を持った若い男そして四角く細長い箱を 担いだ4人の男たちとその横を俯いたまま 歩いてくる黒い枠の 女お葬式だわとひこさんが言った彼は口を 止まらせて答えたえなの東京じゃあんな ことしないよでもこっちじゃあするの よひろ子さんは生産ぶって教えたそしてね 子供が行くとおまじをくれるのお母さんが そう言った わまじ 本当のあんこのそうよものすごく甘いの そしてとっても大きくて赤ちゃんの頭 ぐらいあるんだっ て彼は唾を飲んだねえ僕らにもくえると 思うそう ねひろこさんは真面目な顔をして不を かしげたくれるかもしれない本当 行ってみようか じゃあよしと彼は叫んだ教だ よ芋畑は真っ青な波を重ねた海みたいだっ た彼はその中に踊りこんで近道をしてやる つもりだっ たひこさんは風道を大回りしている僕の方 が早いに決まっているもし早いも順でひ さんのがなっちゃったら半分分けてやって も いい芋のつが足に絡む柔らかい緑の海の中 を彼は手を振り回しながら夢中でかけ続け た正面の丘のかから大きな石が飛び出した ような気がしたのはその途中でだった石は こちらを向き急速な爆音と一緒に不に何か を引き剥がすような激しい連続音が聞こえ た叫び声が上がった関西機だとその声は止 なった関西だ彼は恐怖に喉が詰まり途端に 芋畑の中に倒れ込んだ炸裂音が空中に 凄まじい響きを立てて頭上をすぎ女の 泣き声へがえた広くさじゃないと彼は思っ たあ俺はもっと大人の女の人の声だ人気だ 隠れろまたやってくる ぞ奇妙にまびきたその声の間に別の男の声 がざんおい引っ込んでろその女の子だめ 走っちゃだめ白い服は絶好の目標になるん だ おい 白いひこさんだ きっとひこさんは打たれて死んじゃうん だその時第2劇が来た男が絶叫した彼は 動くことができなかったほっぺたを博の土 に押し付け目をつぶって懸命に息を殺して いた頭がしびれているみたいででも無意識 のうちに体を大々とするみたいに手で必死 に居の葉を引っ張り続けいた辺が急にシと して旋回する小の爆音だけが不気味に続い てい た突然視野に大きく白いものが入ってきて 柔らかい重いものは彼を抑えつけたさ早く 逃げるの一緒にさあ早く大丈夫 目をつり上げ別人のような真っ青なひこ さんが熱い息で言った彼は口が引けなかっ た全身が硬直して目にはひこさんの服の白 さだけが鮮やかに移っていた今のうちに 逃げるの何してんのさ 早くひこさんは怒ったような怖い顔をして いた あ僕はひこさんと一緒に殺されちゃう僕は 死んじゃうんだと彼は思った声の出たのは その途端だったふに彼は狂ったような声で 叫んだ妖精向こへ行け目立っちゃうじゃ ないかよ助けに来たのよひこさん戻った 早く道の僕後に嫌だったらひこさんと なんか一緒に行くのやだ よ途中で彼は全身の力でひろこさんを 突き飛ばした向こうへ行け 悲鳴を彼は聞かなかっ たその時強烈な衝撃と強運が地べたを 叩きつけてイ葉が空に舞い上がったあたり にリス残りのような枠が立って彼は彼の手 で仰向けに突き飛ばされたひこさんが まるでごまのようにはんで空中に浮くのを 見 た創れは 芋畑の間を縫って進んでいたそれはあまり にも記憶の中のあの日の光景に似ていた これはただの偶然なのだろう か真の太陽が直に首筋に照り付け目前に似 たものを覚えながら彼はふと自分には夏 以外の季節がなかったような気がしていた それも 助けに来てくれた少女をわざわざ銃撃の下 に突き飛ばしたあの 夏殺人を犯した戦事中のあのただ1つの夏 の季節だけが未だに自分を取り巻き続けて いるような気がしてい た彼女は重症だった下半身を真っ赤に染め たひこさんはもはや意識がなく男たちがが 即席の単価で彼女の家へ運ん だそして彼は彼女のその後を聞かずにこの 町をさっ たあの 翌日戦争は終わったの だ芋の葉を白く裏返して風が渡って いく創越は彼の方に向かってきた 中央に写真の置かれている粗末な質がある 写真の顔は女だそれもまだ若い女のように 見える冬にある予感が彼を捉えた彼は歩き 始めた彼は片足を阿道の土の上に乗せて 立ち止まりあまり人数の多くはない葬式の 人の列がゆっくりとその彼の前を 過ぎる彼は少し頭を下げしかし目は熱心に 棺の上の写真を見つめてい たもしあの時死んでいなかったら彼女は 確か28か だ 突然彼は奇妙な喜びで胸が絞られるような 気がしたその写真にははありありと昔の 彼女のおかが残って いるそれは30歳近くなったひこさんの 写真だっ た間違いはなかっ た彼は自分が叫び出さなかったのがむしろ 不思議なくらいだっ た俺は人殺しではなかったの だ彼は胸に湧き上がるものを懸命に冷静に 押さえつけながら思ったたえなんで死んだ にせよとにかくこの十数年間を生き続けて いたのならもはや彼女の死は俺の責任とは 言えない少なくとも俺に直接の責任がない のは確かなの だこの人びっこだっ た彼は群れながら列の後に続く子供たちの 1人に訪ねたあの時彼女は太をやられたの だと思い返し ながらうんうんびっこなんかじゃない体は 全然丈夫だった よ1人が首を振って答え たでは治ったの だ俺は全くの無罪なの だ彼は長い息を吐いた苦はほぼに登ってき た俺の殺人は幻影に過ぎなかっ たあれからの年月重苦しく俺を取り巻き 続けていた1つの夏の記憶それは俺の 妄想俺の悪夢でしかなかったの だ列は確実に1人の人間の死を意味してい たそれを前に伊坂彼は不謹慎だったかも しれないしかし10数年間もの悪夢から 引き離され彼は青空のような1つの幸福に かしてしまってい たもしかしたらその頂天さが彼にそんな 余計な質問を口に出させたのかもしれ ない何の病気で死んだのこの 人ウキウキしたむ な口調で彼が訪ね たこのおばさんねきいだったんだ よませた目をした男の子が答えたおいね川 に飛び込んで自殺しちゃったのさ ええ失恋でもした の馬鹿だなおじ さん運動うの子供たちは口口に差もおかし そうに笑っただってさこのおばさんもうお ばあさんだったんだよおばあさんどうして あの写真だったらせいぜい30くらいじゃ ないか あああの写真かあれねうんと昔のしか なかったんだってよ鼻を垂らした子がと 言っただってさあのおばさん何しろ戦争で ね1人っきりの女の子がこの畑で重に打た れて死んじゃってねそれからずっと気が 違っちゃってたんだもん さそれは松の木の立つ丘と登り始めていっ た遠くなったその創立との距離を縮めよう というのか子供たちは芋畑の中に踊りこむ と完成を上げながらかけ始め 立ち止まったまま彼は写真を載せた棺が 軽く左右に揺れ彼女の母の烈が丘を潜って いくのを見てい た一の夏と一緒にその質の抱きしめている 沈黙彼は今はその2つになった沈黙2つの がもはや自分の中で永遠に続くだろうこと 永遠に続く他はないことが分かってい た彼は創立の後は負わなかった負う必要が なかっ たこの2つの死は結局俺の中に埋葬される 他はないの だ でなんという私にだろうと彼は口の中で 言っ たあれから俺はこの傷に触りたくない一心 で海岸のこの町を避け続けてきたというの にそして今日せっかく10数年後のこの町 現在のあの芋畑を眺めてはっきりと廃線の 夏のあの記憶を自分の現在から追放し過去 の中に封印してしまって自分の身を軽く するためだけに俺はこの町に降りてみたと いうのに まくなんという偶然の秘 だろうやがて彼はゆっくりと駅の方向に足 を向けた風が騒ぎ芋の葉の匂いが するよく晴れた空が青く太陽は相変わらず 眩しかった海の音が耳に戻ってくる記者が 単調な車輪の響きを立て線路を走ってい た彼はふと今とは違う時間多分未来の中の 別な夏に自分はまた今と同じ風景を眺め今 と同じ音を聞くのだろうという気がした そして時を隔て俺はきっと自分の中の夏の いくつかの瞬間を1つの痛みとして蘇ら せるの だろう思いながら彼はアーケードの下の道 を歩いていたもはや逃げ場所はないのだと いう意識が彼の足取りをひどく確実なもの にしていた [音楽] [音楽] ただいまから1010分間の休憩を いただき ます2のは [音楽] [音楽] 酒日続けて酒を飲んだので あ昨日の晩と昨日と2日続けて酒を飲んで 餌は仕事しなければならぬので早く起きて 台所へ顔を洗いに 行きうと見ると1勝便が4本殻になっ てる2日で4章を飲んだわけである もちろん私1人で4を飲み干したわけでは ない おいの晩は珍しいお客が3人この三鷹の 牢屋にやってくることになっていたので私 はその23日前からそわそわして落ち着か なかっ た1人はダ君と言って初対面の人であるあ いやいや初対面ではないお互い10歳の頃 に1度顔を見合わせて話もせずそれっ20 年間は別れていた の1月ほど前から私のところへ ちょいちょい3日工業新聞という私などと はとても縁の遠に新聞が送られてきて私は ちょっと開いてみるのであるが一向に読む ところが ないなぜ私に送ってくださるのかその真意 を召しため た下列な私はこれを押売りではないかと さえ疑っ たかにも言い聞かせとにかくこれは怪しい からそっくり呼風も破らずそのままにして 保存しておく よ後で大金を請求してきたらひとまとめに して返却するよう手はを決めておいたので あるそのうちに新聞の帯風に差し出し人の 名を記して送ってくるようになった ダブルであっ た私の知らのお名前であっ た私は幾度となく首振って考えたが分から なかっ たそのうちに金町のダブリと帯風に書いて よすようになっ た金町というのは私の生まれた町で ある津軽平の真ん中の小さ町で ある同じ町の生まれゆそれで自社の新聞を 送ってくださったのだということは判明 するに至ったがやはりどんなお人であるか それは思い出すことができないので あるとにかくご行為のほは分かったので あるから私はすぐにお礼をはきに書いて 出し た私は10年もへ帰らずまた今は肉たちと 音信さえ普通のあり様なので金町のダブ様 を思い出すことができず残念に存じており ますどなた様でございましたでしょう かおついでの檻は汚い家ですがお立ち寄り くださいというようなことを書きしめた はずであ 相手の人のお年のほども分からずあるいは 故郷の大先輩かもしれぬのだから失礼に 当たらぬよう言葉遣いにも十分に注意した はずで ある折り返し長いお手紙を頂いたそれで わかった裏の登記書のお坊っちゃんなので ある堅苦しく言えば青森県区裁判所金町 登記所署長の 長子供の頃は何のことか分からずただ書書 と呼んでい た私の家のすぐ裏でダブ君は私より1年 上級生だったので直接話をしたことは なかった けれどたった1度その東書の窓からひょい と顔を出したその顔をちらりと見てその顔 だけが20年のゆとなっても色せずに はっきり残っていて実に不思議な気がし たWという名前を覚えていないしそれこそ 何の応援もないのだし私は高等学校時代の 友人の顔でさえ忘れていることがままある くらいの憲法症なのにダ君のその窓から ひょいと出した丸い顔だけは真っ暗舞に1 か所スポットライトを当てたように鮮やか に目に見えているので あるダリ君も打ち直しとらしいから私同様 外へ出て遊ぶことはあまりなかったので あまい かその時たった1度だけ私はダブリ君を 見かけてそれが20年後の今になっても まるでちゃんと天職写真に撮っておいたみ に映像がぼやけずに胸に残ってあるので ある私はその顔をはがきに描いてみた胸の 映像の通りに書くことができたので 嬉しかっ た確かにそばカスがあったので あるそのそばカスも点々と散らして書い た可愛い顔で ある私はそのはがきをダブ君に送っ たもし間違っていたらごめんなさいと大い に比例をししてそれでもやはりその絵を目 にかけずにはいられなかっ たそうして11月2日の夜6時頃やはり 八森県出身の遊が2人接へ来るはずです からどうかその夜はおいでくださいお願い いたしますと書き添え たY君とA君と2人誘い合わせてその夜私 の汚い家に遊びに来てくれることになって いたので あるワ君とも10年ぶりで会うわけである ワ君は立派な人である私の中学校の先輩で ある元から情の深い人であった 56年間いなくなった大試練で あるその間独房にて随分堂々の修行をなさ れたことと 思う今はある所望の編集部に務めておら れるA君は私と中学校同級であった画家で あるある宴会でこれも10年ぶりくらいで ひょいと顔を合わせ大いに私は興奮し た私が中学校の3年の時ある室の教師が 生徒をばして得意顔の 瞬間私はその教師に軽蔑を込めた大拍手を 送っ たたまったものでない今度は私が散々に 殴られ たこの時私のために立ってくれたのがa君 である A君は直に同士を融合してストライキを 図っ た全学級の大騒ぎになっ た私は恐怖のためにわなわな震えてい たストライキになりかけた時その教師が 私たちの教室にこっそりやってきてどり ながら陳謝し たストライキは取りやめとなった A君とはそんな共通の懐かしい思い出が あるY君にa君と2人揃って私の家に遊び に来てくれることだけでも私にとって 大きな感激なのに今またダ君と20年ぶり に愛合うことのできるのであるたら私は3 日も前からそわそわして待つということは なかなか辛い信じであると 今更ながら痛したので あるよそからもらったお酒が2章あった私 は平常家に酒を買っておくということは 嫌いなのである黄色薄にごりした液体が いっぱい詰まってある一日はどうにも不潔 な卑猥な感じさえして 恥ずかしく目障りでならぬので ある台所の住にそのこの一生便がある ばっかりにこの狭い家全体がどろりと濁っ て甘酸っぱい変が匂いさえ感じられなんだ か後ろぐらい思いなので ある家の西北の隅に異様に集会の浮上の ものがトグを巻いて潜んであるようで机に 向かって仕事をしていながらもどうも潔白 の商人ができないような不安な後ろが見 引かれる思いでやりきれないので あどうにも 落ち着く夜1人机にほえついていろんな ことを考えて苦しく不安になって酒でも 飲んでその気持ちをごまかしてしまいたく なることが時々あっ てその時には外へ出て三鷹駅近くの寿司屋 に行き大急ぎで酒飲むのであるがそんな時 には家に酒があると便利だと思わぬことも ないがどうも家に酒を置く時気がかりで そんなに飲みたくもないのにただ台所から 酒を追放したい気持ちからガブガブ飲んで 飲み干してしまうばかり で上中少量の酒を家に備えて木に望んで ちょっと飲むという落ち着きすましたゲは できないのであるから自然オールオア ナリングの流儀で普段は家のうちに一滴の 酒も置かず飲みたい時は外へ出て思う存分 に飲むという習慣がついてしまったので ある友人が来ても大抵外へ誘い出して飲む ことにして いる家のものに聞かせたくない話題なども ひょいと出るかもしれるし それに酒はもちろん酒の魚も用意がないの でつい面倒くさく外へ出てしまうので ある大いに親しい人ならばそうしておいで になる日があらかじめ分かっているならば ちゃんと用意をして鉄生くつろいで 飲み合いのであるがそんな久しい人は私に ほんの数えるほどしか ないそんな親しい人ならば どんな貧しい魚でも恥ずかしくないし家の ものに聞かせたくないような話題も出る はずはないのであるから私は大りで実に 楽しくそれこそ通院できるのであるが そんな高機会は2つきに1度くらいのもの であとは大抵突然の来訪につきつい外へ 出ることになるので あるなんと言っても本当に親しい人と家で ゆっくり飲むのに越した楽しみはないので あるちょうどお酒がある時くと久しい人が 訪ねてきてくれたら実に 嬉しいともあり遠方より来いというあのふ がおから今中に 湧き上がるけれどもいつ来るかわからない 上中酒を用意して待っているのではとても 私は落ち着か 普段は一滴も酒を家のうちに置きたくない のだからその辺なかなかうまくいかないの で ある友人が来たからと言って何もこさに酒 を飲まなくても良さそうなものであるが どうもいけ ない私は弱い男であるから建物まずに 真面目に対談していると30分くらいで もうヘトヘトになって屈におどおどしてき てやりきれない思いをするので ある自由発達に意見の開陳などとてもでき ないのであ ええとかはあとか生返事していて まるっきり違ったことばかり考えて いる真中絶え愚かな堂々巡りの自問自動を 繰り返しているばかりで私私はまるでアホ である何も言えない無駄に疲れるので あるどうにもやり切れ ない酒を飲むと気持ちをごまかすことが できてでたらめ言ってもそんなに内心反省 しなくなってとても 助かるその代わり酔いが覚めると後悔も ひど土にまろび大声でわーっとわめき叫び たいよ思いで ある胸がドキンドキンと騒ぎたしいても 立ってもいられるのだ何とも言えず詫び しいのである死にたく 思う酒を知ってからもう10年にもなるが 一向にあの気持ちになれることができ ない平気でいられるので ある残機公海の念に文字 するそれなら先を寄せばいいのにやはり 友人の顔を見ると変にもう興奮して怯える ような震えを全身に覚えて酒でも飲ま なければ助からなくなるので ある厄介なことであると思って いる昨日の夜本当に珍しい人ばかり3人 遊びに来てくれることになって私はその その3日ばかり前から落ち着かなかっ た台所にお酒が2勝あったこれはよそから 頂いたもので私はその処置について試案し ていた矢にY君から11月2日夜A君と 2人で遊びに行くというはがきをもらった のでよしこの機会にW君にも来ていだいて 4人でこの2章の処をけ しまうどうも家のうちに酒があると目障り で不潔で気が散っていけ ない4人で2章は不足かもしれない段 たまたま境に入った途端に女房がまけがを してもうお酒は切れましたと報告するのは 菊方にとっては花強めのものである からもう一生さへ行って届けさせなさいと 私は最もらしい顔をして家のものに 言いつけ た酒は3章あ台所に3本瓶が並んで いるそれを見てはどうしても落ち着いて いるわけにはいかない大犯罪を遂行する もののごとく真中の不安緊張は極点にまで 出し た身のど知らぬ贅沢のようにも思われ犯罪 意識がひしひしと身に迫って私は昨日は朝 から意味もなく庭をぐるぐる回って歩い たりまた狭い部屋の中をのしのしで 歩き回ったり時計を5分ごとに見て一ずに 日のくれるのを待ったので ある6時半にダブ君が来 たあの目には驚きましたよ感心しましたね そばカスなんかよく覚えていましたねと 親しを表現するためにわざと津軽なりの 言葉を使ってダブ君は笑いながら言うので ある私も久しぶりに津軽なりを耳にして 嬉しくこちらも大いに努力して津軽言葉を 連発して飲むべしや今夜は死ぬほど飲む べしや というような具合で一刻も早く酔っ払い たくどんどん飲ん だ7時少し過ぎにY君とA君とが揃って やってき た私はただもう飲んだ感激を何と言い伝え ていいかわからぬのでただ飲んだ死ぬほど 飲ん だ12時に皆さん帰った私はぶっ倒れる ように寝てしまっ た昨日の朝目を覚ましてすぐ家のものに 訪れ た何か失敗なかったかね失敗しなかったか ね悪いこと言わなかったか ね失敗はないようでしたという家のものの 答えを聞きよかったと胸を撫でた けれどもなんだかみんなあんなにいい人 ばかりなのにせっかくこんな田舎までやっ てきてくださったのに自分は何も持てなす ことができずみんな一種の寂しさ厳密を 抱いて帰ったのではなかろうかとそんな 心配が頭をもたげとみるみるその心配が 夕立雲のごとく全身に 広がりやはりとの中でいても立ってもられ ぬ点が始 た ダ君が私の家の玄関にお酒を一緒を こっそり置いていったのをその朝初めて 発見してダブ君の行為がたまらぬほどに身 にしみてその辺を裸で走り回りたいほどに 苦痛であっ たその時山梨県吉田町のN君が訪ねてきた N君とは去年の秋私が御坂峠へ仕事しに 行った時からの友人で ある今度東京の造船所に務めることになり ましたと晴れやかに笑っていっ た私はN君を逃がすまいと思った台所に まだ酒が残ってあるはずだったそれに夕べ ダブ君がわざわざ持ってきてくれた酒が 一生 整理してしまおうと思っ た今日大所の浮上のものを綺麗に掃除して そうして明日から潔白の商人を始めようと 密かに計画して無理やりN君にも酒を進め て私も大いに飲ん だそこへひょっこり君が奥さんと一緒に ちょっと有のお礼にと苦しい挨拶しにやっ てこられたので ある玄関で帰ろうとするのを私はワ君の 手首を固くつかんで話さなかっ たちょっとでいいからとにかくちょっとで いいから奥さんもどうぞとほとんど暴力的 に座敷へ上がってもらって何かとわがまま の理屈を言いとうとワ君をも酒の仲間に 入れることに成功し たY君はその日は明治説で勤めが休みなの で2さ親戚へご沙のびに回ってこれから もう1件顔出しせねばならぬからととも すれば逃げ出そうとするのをいやその一件 を残しておく方が人生の味だ完璧を望んで はいけませんなどと減り屈いっ てついに 4章のお酒を一滴残さず整理することに 成功したのである [音楽] 次の作品は星野の道を咲く旅をする木より トテホールを探してもう1つの 時間朗読は林科です [音楽] [音楽] [音楽] トーテムコールを探し て北アメリカとユーラシアが陸続きだった 約1万8000年前 上がったベーリング会も 渡りインディアンの祖先の最初の人々が 北方アジアからアラスカにやってき た最後の氷河機がやっと終わろうとする頃 で あっ有な時の流れと共に彼らは北アメリカ 大陸をゆっくりと難化しながら広がって いき ますその中 にスの海岸にとまった人々 が後にトーテムホールの文化を築き上げた クリンギット族と灰田族で ある 白登渡り ガラス クジ ハロトーテムポールに刻まれた不思議な 模様 は遠い彼らの祖先と伝説の記憶で ある がそれは厚生まで残る石の文化では なく歳月の中で消えていく木の文化であっ た21世紀に入ろうとする現代にどこかの 森でひっそりと眠るように残る古い トーテムポールを見ることができない だろう か新しく観光用に作られものでも博物館に 陳列されているものでも ない森の中に倒れていても口はてていても いい から彼らの神話の時代に生きたトーテム ポールに触れてみ たいアスカの森を旅しながらここ何年か その思いがずっと募ってい た誰に聞いても一生にふされてきた なんとアラスカの森のバッサーに携わる 人々を訪ねたこともあっ た森の中で古いトーテムポールを見たこと がないでしょう かどんなに口ていてもいいのです が今のきそんなものが残ってるわけない す時代が違うんだ100年前に生まれ なきゃ な今のアの村に行けば飾り物のような トーテムポールを見ることが できるだが人々の暮らしはあまりに変わっ てしまっ たたえ形は同じでもトーテムポールは何も 語りかけてはこないそれを刻んだ人々の心 の中で物語が消えてしまっているから だクジも熊もわしもずっと遠くへ行って しまったの 去年の 夏信じられる話が耳に入っ たアスカとカナダの国境近く にクイーンシャーロット島とに島が あるそこ に昔のトーテムポールがまだ残っていると いうの だ19世 終わり頃ヨーロッパ人が持ち運んだ天然島 がこの島の村村を襲い当時暮らしていた 6000人の廃族の7割が死ん だそして生き残った人々も村を捨てて別の 場所に移り住んでいったの で20世紀になる強国の博物館が世界中の 歴史的な美術品の収集に乗り出す時代が 来る クイーンシャーロット島もその例外では なかっ た多くのトーテムコールが持ち去られ 始めるな生き残った廃族の子孫も次第に 立ち上がって いる彼らはその神聖な場所を打ちはてて 行くままにさせておきたいとし人類市場に とって貴重なトーテムポールを何とか保存 していこうとする外部からの圧力さえ片に 調子していっ た そして100年前の海田族の村がそのまま 登ってい たその 日クインシャーロット島の海はあれ小さな ゴムボートは小浜よに見られてい た小さな島々からなるクイーン シャーロットはどの島も水山で深い森がを 寄せ自然は人々がトーテムポールと共に 生きていた時代と何も変わってはい ないどりとした 空振り切る 雨生き物のように姿を買いながら木々を 使う 霧愛にの天気はさらに僕の気持ちをタイム トレさせていた 涙砕け散る海岸線の岩場に見落として しまいそうな入り口があっ たびっしりと浮かぶ階層がモーターに 絡みつくためエンジンを切り後は手だっ た盆のように突き出た岩場を抜け入り江の 中に入っていくと嘘のよがしけさとなっ た猫のの浜辺の 奥うそと追いしげる木々とは違う裸の大木 が1列に並んでい た長い間思い続けた歳月に通過した トーテムポールだっ た人々の夢 喜び悲しみ怒り を時の流れの中に持し包んだ のしんとした浜辺に今なを立ち続けて いる太平洋の荒波がかかに聞こえてい た最後の一をするとボートは小さな波に 乗って砂地に乗り上げ た雨は小ぶりになっていき た流る気持ちを押され砂地から土手に登り 東京ホールに近づいていっ た多くのホールはすでに輝きいくつかも目 にわってい た コケ植物さへ入るトーテムポールから 消えようとする模様が何かを語りかけてい た熊の両手に抱かれた人間の 子供くらのヒレの間から顔を出す帰り 村を見守るかのように最上部に刻まれた 白橋山手1本のポールの前に来て僕は 立ち尽くしてしまっ たそびえるトーテムポールのてっぺんから 大木が 入るその根がポールを使って地面まで伸び てきているの です上部の形からそれは人を葬った トーテムポールであることは明らかだっ たかつてハイダトフはトーテムポールの上 をくり抜いて首埋葬していたので あある 日その上に偶然落ちた頭皮の趣旨が人間の 体の栄養を吸収しながら 寝付き歳月の中でトーテムポールを養 Wordとして成長したのだ 草村に分けいるとさらに驚くことが待って い た青春の草の中に生まれて間もないおじの 子がうまっているので あるしばらく離れていると森の中から母 Hiが 現れ鹿がゆっくりと草を食べながら トーテムポールの間を移動し その背後にある大きくくぼんだ草に入って いっ たその10m四方の深いくぼ地の上を4本 のこけした丸田がまるで天井のように かかりその下で鹿はのんびりと草を食べて いる僕はその風景に釘付けとなっ たそこがかつてのハ族のの住居跡だった の人間が消えさえ自然が少しずつそして 確実にその場所を取り戻して い悲しいというのでは ない ただああそうなのかというひれ伏すような 考えがあっ た雨はすっかり上がり日がさてき た海辺の岩場に座ると海面は夕暮れの洋光 にキラキラと輝いてい た僕が腰かけた場所は背もたれのある とても座り心地のいい岩だっ たその 時ほとんど確信に近い想像が満ちてき たそれははかな 昔この岩に誰かが座り こんな風に夕暮れの海を見ていたに違い ないということだっ た泣きが来る赤子を抱えた女が怪しながら 歩い て両から帰った男たちがカヌを砂に 引き上げて いる若い男と女がれながらこの岩場に 向かってやって くるそんな風景が次から次へと頭の中に 現れては消えていっ たこの島に人が住んでいた形跡は7000 年前まで遡る とそして神話の時代を生きた最後の トーテムポールはあと50年も立てば森の 中に後方もなく消えていく だろうそこに刻まれたどこまでが人間の話 なのか動物の話なのかわからない様々な夢 のような身 は彼らが自然との関わりの中で本能的に 作り上げた行き続けていく知恵だったのか もしれ ないそれは同時に私たちが失った力でも ある人間の歴史はブレーキのないまま ゴールの見えない霧の中を走り続けて いるだがもし人間 がこれからも存在し続けて行こうとするの だもう 1度そして命がけで僕たちの神話を作ら なければならない時が来るかもしれ ない笛にどこからか木を叩く音が聞こえて きた タンタンタン辺を見回しても誰もい ないふと見上げるとトーテムポールに1話 の月が止まり風化したハグの顔を叩いて いいつの間にか森の中から別の自力がり トーテムコールの間を彷徨っていた 新が突然息を 吹き返しこの世界の想像主渡りガスの呼し た顔 がじっと僕を見下している [音楽] [音楽] もう1つの 時間ある よ友人とこんな話をしたこと が私たちはアスカの氷河の上で野をしてい て空は降るような星空だっ たオーロラを待っていたのだその気配はな 雪の上に座って満点の星を眺めてい た月も き暗黒の世界に信じられる数の星がひめい てい た時折りその中を長い星が長い線を引き ながら落ちて いくこれだけの星が 毎晩東京で見られたらすごいだろう な夜遅 て仕事に疲れた会社が ありと見上げると手が届きそうなところに 宇宙が ある1日の割りにどんなやつだっ て何か考えるだろな いつ かある人にこんなことを聞かれたことが あるん だ例えばこんな星空や泣けてくるような 夕日を1人で見ていたとする だろうもし愛する人がいたらその美しさや その時の気持ちをどんな風に伝えるか 写真を撮る かもし絵がうまかったらキャンバスに書い てみせる か いややっぱり言葉で伝えたらいのか なその人はこう言ったん だ自分が変わっていること だその夕日を見て感動して 自分が変わっていくことだと 思う人の一生の中 でそれぞれの時代に自然は様々な メッセージを送って いるこの世やってきたばかりの子供へも 去って行こうとする老人にも同じ自然が それぞれの物語を語りたげる まだ遅なかった頃近所の原っぱで壁芝居を 見えた後夕ご飯に間に合うように走って 帰った夕暮れの美しさは今も忘れ ないあの頃時間とか自分を取り巻く世界も 一体どんな風に感じていたの だろう1日が終わっていく悲しみの中で 子供ながら自分も永遠には生きられない ことを漠然としたのかも しれるそれは子供が持つ本能的な世界との 最初の関わり方なのだろう か今思い返せば自然を違った見方で意識 する出来事がいくつか自分にもあっ たその1つ1つがアスカに来るまでの 小さな分岐点になっていたよう気が する最初の体験は小学生 の近所の映画館で偶然見た1つの映画だっ た大名は地子と さめストーリーは観光開発で変わり 始めようとする南海の多統合部隊サメと 友達になった原住民の少年 地ヨーロッパから観光で訪れた少女との 淡い恋物語で あるまだ子供だった僕が引きつけられたの はその背景に映し出されたどこまでも続く 南太平洋の青い広がりだっ た入り口で買ったパンフレットにはハリル とのセットを使わず現地で取られた最初の 自然物の映画と書かれていたのを覚えて いる 当時ちゃんばら映画ばかり見ていた 僕突然世界の広がりを見せられて だ本当に衝撃的だったの だろう僕はディアンナという少女の名前を 今でも覚えて いるやがて僕は北海道の自然に強く引かれ ていっ たその当時北海道は自分にとて遠いとだっ た多くの本を読みながらいつしか1つの ことがどうしようもなく気にかかり始めて い たそれはひのことだっ た大都会の東京で電車に揺られている時 ざとの中で人込みに揉まれている 時ふ と北海道のひが頭をかめるのである 僕が東京で暮らしている同じ瞬間に同じ 日本でひが日々を生き呼吸をして いる確実にこの今どこかの山で一等のひが 東北を乗り越えながら力強く進んで いるそのことがどうにも不思議でなら ない考えてみれば当たり前のことなのだが 10代の年にはそんなことが引っかかって くるので あ自然とは世界とは面白いものだなと思っ たあの頃はその思いを言葉に変えることは できなかった がそれはおそらく全てのものに平等に同じ 時間が流れている不思議さだったの だ子供ながらに知識としてるばなく感覚と として世界を初めて意識したような気が する数年前同じようなことを言った友人が い た東京で忙しい日々を過ごす編集者だった 彼女はなんとか仕事のやりくりをつけて クジを撮影する僕の旅に1週間だけ参加し た前日の夜遅まで東京で仕事をしてい彼女 にとっ てなんとわら塚の夏の海はページをめくる ように現れた別世界だっ たある日の夕 で座クジラの群れにで あっ僕たちは小さな船で塩を吹き上げ ながら進むくの跡をゆっくりと追ってい たクの駅が顔にかかってくるを立ち重ね それは圧倒的な風景だっ たあたりは氷河と原青林に覆われ有給なる 時の流れの中に全ての自然が調和しきづい てい た彼女は船に もり心地よい風に吹かれながら力強く進む くじらじっと見つめていた その時で ある 突然一等のクジが目の前の海面から 飛び上がったの だ巨体は空へ飛び立つように中へ 舞い上がり一瞬止まったかと思う とそのままゆっくりと落下しながら海を 爆発させていっ たそれは映画のスローモーションを見て いるような壮大なに なっやがっ て海にしさが 戻るクジはまるで何もなかったように 力強く進んで いるブリーチングと呼ばれるその行動を今 までなとか見てはいるがこれほど近くで 眺めたことはない 人間は動物の全ての行動に解釈を試みよう とするん だクジは何を伝えようとしている の結局僕たちが分かることはない だろくらはただ風を感じたかったのかも しれ ないただなんとなく飛び上がってみたかっ たのかもしれない 目の前で起きた光景に友人は言葉を失って い彼女が打たれたものはフレームの中の 巨大なクジでは なくそれを取り巻く自然の広がりだっった の だその中で生きるクジの小ささだったの だそして一瞬ではあったが彼女がクジと 共有した時間だった ずっと後になってから彼女はこんな風に 語ってい た東京での仕事は忙しかった けれど本当に行ってよかっ た何が良かった かってそれはね私が東京で慌しくは働いて いる とその同じ 瞬間もしかすると荒らすの海で藤が 飛び上がっているかもしれ ないそれを知った こと東京に帰ってあの民のことをどんな風 に伝えようかと考えたのだ けれどやっぱり無理だっ た結局何も話すことができなかった 僕たちが毎日を生きている同じ 瞬間もう1つの時間 が確実にゆったりと流れ て日々の暮の中に 心の片隅にそのことを意識できるかどう かそれ は天と地のさほど大きい [音楽] [音楽] だ ます です て それでは最後の作品 です谷川俊太郎の集より塩4編メンバー 全員で朗読いたし ますピアノ演奏は近道です あ 生きる [音楽] [音楽] 生きているという こと今生きているという ことそれは喉が乾くという ことこもれびが眩しいという ことふっとあるメロディを思い出すという ことくしゃみをすること あなたと手をつなぐ こと生きているという こと今生きているという ことそれは ミニスカートそれはプラネタ リーヌそれはヨハン シュトラウスそれは ピカソそれは アルクス全ての美しいものに出会うという こと そして隠された悪を注意深く拒む [音楽] こと生きているという こと今生きているという こと泣けるという こと笑えるという ことれ という こと自由という こと生きているという こと今生きているという こと今遠くで犬が吠えるという こと今地球が回っているという こと今どこかでうぶ声が上がるということ 今どこかで兵士が傷つくという こと今ブランコが揺れているという こと今今が過ぎていく [音楽] こと生きているという こと今生きているという こと鳥は羽ばたくという こと海は轟くという こと片ははうという こと人は愛するという ことあなたの手の ぬくみ命という [音楽] こと 平和 平和それは空気のように当たり前なもの だそれを願う必要はないただそれを呼吸し ていれば [音楽] いい 平和それは今日のように退屈なもの だそれを歌う必要は ないただそれに耐えればいい 平和それは三分のよにそっけないもの だそれを祈ることはでき ない祈るでき神がいない から 平和それは花では なく花を育てる土 平和それは歌ではなく生きた [音楽] 唇 平和それは旗ではなく汚れた 下着 平和それは絵ではなく古い 博平和をふけ平和を使いなし手に入れねば ならぬ希望が ある平和と戦い平和に打って手に入れねば ならぬ喜びがある [音楽] [音楽] 未来 へ道端のこのすみれが今日昨まで にどれだけの時が必要だったこと だろうこの 形この香りが計りしれる過去から来 た遠兵へと続くこの道ができるまでにどれ だけの獣が人々が通ったこと だろう足元の土に無数の生と死が埋れて [音楽] いる照りつけるこの太陽 がいつか消え切るまで に目に見えないどんな力が働くの だろう私たちも またその力によって生まれていき [音楽] た人は限りないものを知ることはできない だが人はそれを生きることが できる限りある日々の方を見つめ [音楽] てまだ来ないものを人は待ちながら作って いく誰も君に未来を送ることはでき ないなぜなら君が未来だ [音楽] から ありがとう空 ありがとう今日も私の上にいてくれ て曇っていてもわかる よ宇宙へと青く広がっているの が 花 ありがとう今日も咲いていてくれ て明日は知ってしまうかもしれ ないでも匂いも色ももう私私の [音楽] 一部 お母さん [音楽] ありがとう私を産んでくれ て口に出すのは照れ臭い から1度きりしか言わない けれどで も誰 だろう何だろう 私に私をくれたの は限りない世界に向かって私は つく [音楽] 私ありがとう [音楽] [拍手] 本日は足元の悪い中私たちの朗読の都にお 越しいただきありがとうございまし た私たちは今年30周年という節を迎えま ました思い出すと2数年前に私は名古屋の 送迎センターで山田正さんと一緒に写真に 収まったことがありましたその時まさん は自分の声で舞台の1番後ろまで声が続く 限り朗読をやりたいとおっしゃっており ました私たちもこれからもその言葉を勝て に次のステップに向かってやっていきたい と思いますちょっとだんだん30周年を 超えるとちょっと力的にはかなと思うん ですけどでもあのまだなんとかあの声が 出る間はみんなで頑張っていきたいなと 思っておりますどうぞこれからもよろしく お願い [拍手] ます皆様も本当に温かいご支援と応援で ここまで来ることができました本当に ありがとうございました [拍手] [音楽] ここでご紹介させていただきますギターを 演奏してくださったアントンさんです かそれからピアノの演奏をしてくださった 人道のり子さん ですそして朗読の指導をしてくださって いる本高田さん ですどうぞこれからもよろしくお願い いたし ます次の講演の予定がプログラムの後ろに 書いてありますのでまたよろしかったらお 越しくださいませ本当にありがとうござい ました

豊橋朗読の会 朗読のつどい

開催日時:2024年6月23(日) 午後1時~
開催場所:穂の国とよはし芸術劇場 PLAT 創造活動室 A

■■■ プログラム (チャプター) ■■■
0:00:00 オープニング
0:01:35 ●あまんきみこ「すずかけ通り三丁目」
     高橋博子
     ♪ギター あんとん
     ◆佐藤弘和作曲
      愛の歌、聖ヴァレンタイン・ワルツ、風の間奏曲、思い出

0:21:02 ●高樹のぶ子 『歳時記夢幻舞台24の旅』より「花菖蒲」
     夏目伊代子

0:42:38 ●山川方夫 「夏の葬列」
     渡邊美知子

1:03:33 ●太宰治 「酒ぎらい」
     原田孝江

1:26:50 ●星野道夫『旅をする木』より
     「トーテムポールを捜して」「もうひとつの時間」
 林利香

1:56:00 ●谷川俊太郎 詩集より「生きる」「平和」「未来へ」「ありがとう」
 原田孝江 夏目伊代子 林利香 高橋博子 渡邊美知子
 ♪ピアノ 神藤惠子
 ◆時代、エターナリー

……………………朗読指導・構成・音響 本多隆信……………………

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本日は「朗読のつどい」にお越しいただきまして、ありがとうございます。
私たち豊橋朗読の会は、今年創立30周年を迎えました。
多くの 方々に支えられ、応援していただいたおかげで、
ここまで続けてくることが出来ました。
心より感謝申し上げます。
朗読を始めて30年。
出会った作品と向き合い、作品の背景や作者、そこに出てきた人物や言葉、
風景などについて考える、調べてみる。作品を聞いてくださる方々に
どう届けるか、どう表現するか、そんなことを考え、議論を深めることは、
朗読をすることの楽しみの一つです。
今後も、練習を重ねながら活動を続けていくつもりでおりますので、
これからもよろしくお願いいたします。
出演者一同、心を込めてお届けいたします。
午後のひととき、ごゆっくりと朗読の世界をお楽しみください。

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著者紹介(一部)
あまんきみこ
1931年満州生まれ、92歳、児童文学作家。
1968年「車のいろは空のいろ」で第1回日本児童文学協会 新人賞受賞。
「すずかけ通り三丁目」はその中の一編。以後 受賞歴多数。

高樹のぶ子
1946年山口県生まれ、78歳。小説家。
1980年「その細き道」で小説家デビュー。
芥川賞をはじめ 受賞歴多数。2020年小説小野小町「百夜」出版。

山川方夫
1930年東京都生まれ。
日本画家山川秀峰の長男。
短編集を数多く発表し、何度も芥川賞・直木賞候補になる。
繊細で都会的な作風で将来を期待されていたが、1965年 交通事故により
34歳の若さで急逝。

星野道夫
1952年千葉県生まれ。
写真家、探検家、詩人。
極北の自然とそこに生きる野生生物や人々の暮らしを取材 しながら、
変わりゆくアラスカを写真と文章で記録。写真 賞など受賞歴多数。
1996年テレビ番組取材同行中、ヒグマ の事故により急近、享年43歳。

谷川俊太郎
1931年、東京生まれ、92歳。
詩人・絵本作家。 翻訳家・脚本家。
1952年に詩集「二十億光年の孤独」でデ ビュー。
以後出した詩集は80冊を超える。受賞歴多数。
後援豊橋市(公財)豊橋文化振興財団 主催 豊橋朗読の会

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今後の公演予定
2024/11/10(日) PLAT
2025/2/2(日) ミナクル

またお会いしましょう!!

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