「本当にあった怖い話と僕が落語家になったきっかけ」落語の世界に導いた恩人 夢に現れた傷心の親友は海に引き摺り込まれそして消えていった #おかるの部屋 #落語 #芸能界

ああ1個あるなあ1個あるあるあるこれは 誰も話してないけどほんまにこれはもう1 個あるわ不思議な話で え僕ねえすごい仲のいいまえばまラグラグ になったきっかけみたいな友達がおったよ ね え同生で高校のにねえその高校生の友達が ね うんま僕はその子そいつは本当に親分肌で えものすごくね散発屋の息子やねけどえ 以外に ま社屋をいっぱい持ってるわけよかか屋か 屋のそういうのいっぱい持ってる友達を親 がやねおってほんで発屋もやってるよね 尼崎の先でねえ尼崎の方面でいっぱい尺も 取ってだ家賃収入あるで散発屋でえね え2件ほど散発やってるからえそれもねえ 収入があるてまああまそこそこお金はねえ 不尽をしないえ家庭のま息子ですわなえで ま僕らが言っとったは大体そういうのが 多いんですよえ僕が言っとった高校はは 関西大学第1高等学校今はもう驚愕になっ てますがえその当時はあ男子校男ばっかり の高校でございますえグレーのねえエリの ついたあねえ学生服を着せられてましてえ なんか男ばっかりやしなんかほんまあ刑務 所に入って刑務所に入れられたような気分 で私なんか行きましただってずっと小学 中学って驚愕やからね男ばっかりのとこ うわあとか思いながらえねえ 行ったんですがでまそこはま結構ボンボン 学校でございまして え ててっちゃんてっちゃん金てっちゃんて いうねえあの金鉄カバで有名な金鉄で知っ てますかねえ結構テレビで宣通しとった 金鉄の息子え知ってますかねがみたがい てるいてたぐらいいてるんですよだから 結構ねえままボンボンがいっぱい集まっ とるような学校でございます男ばっかりで え その中の1人でそのボボの1人が僕のその 友達でえ家永というんですよねもう名前 出してねやっとが説明しやすいからね家 ながというえほんで若いくにね え若く若年生の糖尿病でございましてえ 毎日もミルクを牛乳あのですよ牛乳毎日 毎日飲まなかんのですえ若い時からの糖尿 中のミルクがええらしいんですねえだから みんな我々連れはですねえ家中のことを ミルクミルクとあしとったんですなミルク ミルクミルクとか言うてえ呼んどったわけ ですで彼がえねいつも大体まあ5人ぐらい かなえ5人ぐらいの あいつも一緒にこ遊んでんのは5人ぐらい ですかねでこの家永がラグを落ちけえ神大 子に落ちがあってえそこへ入りよったから ほんで僕も誘われてほんでえおけに入った というこ生殺があるわけですなえその家永 にだからその家永におちに誘われずにでま おけに誘われたからうちの師匠にもえ会う ことができたわけですねえそういう繋がり ができたそののおかげでえ弟子入りもでき たというえまあまあもうそのそっからあ その神大一光の落高校の落犬に入ってから もうもう繋がりがずっとダゴになる道が ずっとレールが光れたみたいなそこは ずっとこうね乗っていったみたいな感じや からねだからそのミルクがえいてなかった 僕はあラになれてないんですよでもいつも そのミルクとえ彼は結果ダゴがならずええ 親の後を継がずにね自分どっか会社に勤め てでそっからなんと20やり気やから なかなか学勉強できへんのにえあの生き 上手と生きることに対してはものすごい 賢いんですよ頭が切れるんですよえね生生 上手というかね えだから28の若さでえ会社でえ大学出て からやから何年はえ 2032か3で就職やねそっから25年 ぐらいかねえ5年ぐらいで独立してえ自分 でえ会社を作ってえまたそれがまた えで会社作ってでまたそれも起動に乗って え結結構ね豊で自分で大きなまでもも 金持ちやから息子やから別にですねえ まそんなね自分で頑張らんでもええけどま まあまあすごいやり手 ですそのララが好きやったから話がなら へんけどもおしりが非常に上手なんです よからその の勉強したことを生かしてえその自分の 仕事の方に生かしたというねだから本当に 順調 で順風満にずっと来た来たわけですよ20 ま消してから後もねえ会社作ってもずっと ええ40ぐらいまでね40ぐらいまでは 順風満でございますえところがですよ人間 でそうねえいつまでもねええ時ばかりない んですよいいことがあれば必ず悪いことも あるわけですえ大体はそうなんですえ順調 に来ても必ず壁にぶち当たったり大きなあ ねえ穴にね落ち込んだりするわけですよね 幸せ半分不幸半分って言われてるじゃない ですか幸せが半分あるんです不幸も半分る んですよねだから不幸が長かっ たらねいつなった私は僕は幸せになれるん やなと思っててもなれへんやんかと思うし てもいてるかわからへんけどその後は ずっと長い幸せがあるなんならばねなんぼ 若くてね幸せがいっぱいあってもね早にし てもうたらもう意味ないじゃないですかで もずっと不幸的な感じでもねえ長生きし たらその分が幸せじゃないですかしかも 元気で長生きされてきたらあと思いますえ え私なんかもうこんなえジット交差の人生 でございますからねえもう幸せな絶頂の 時間があったなまたな急行化してうわあ なんやこれもうほんま不幸のどん底やな ちゅうのあったりしてけどえその不幸 ちゅうのは結構長引いたもんでえおかげ さんで今なんかねねえずっとこんだけ元気 でえね折れるということが大きな幸せなん ですねえ本当にまそんなことはま置いとい て怖い話ですからね えでこの家長がですねあれいくつやったか 40まで行ってへんかったのかなえ家永が あそうやな28ぐらいに起業してえそっ から10年まやっぱ40ぐらいですかなで 僕はあ最後におたが41ぐらいかなでも おった時に えなんかあんまりね調子が良くないえ なんか会社の方もなんかもう1つやとか いうな珍しくえいつもそんなこと言えへん ねんけどもえ珍しくそういうね弱気なね話 をしてたんですよえ久々におてえお酒をね 飲んで2人で色々話した時にもちろん彼の 方の彼のおりでねねおりでこ飲んどった ですよねでまあまあま元気でな言うて えほんでねその晩ですようんすごい浮気な 話を聞いた晩ですよ私ね帰って えほんだら寝てましたらねその家長が え家長が出てくるんですよ ね夢に 夢や夢ですよ夢に出てくるんですよイラが あねまあ多分こその日飲んでから久しに大 て2人で楽しく下し飲んだしちょっと家な が家なのことがそのミルクがねなんか弱気 なこと言うてるしなんかネガティブな話 わかりするからやっぱり結構えね気になっ たんですなめっちゃえめっちゃ気になり ましてですねえおったからだからそのと寝 てましたら夢に出てきた です僕の僕はが金曜日 です日曜日に持ってますからねそのヨ [音楽] でその海ねで1人であとこう乗って行く 行くんですよ夢夢を見てたねずっとうと そのそういう目を見たんです よヨでだーっと1人で1人でですよヨそ 結構な結構な大きいヨトなんですよね ものすごいえほんまにえもう ちょっとであのこの1人こうやってこう やってみ見るでしょあのや競技とかやっ てるよあのや本当になんかえ船普通の船の ヨト歩があるボーンと歩があるえダーっと あるえカパもが広くてえもちろん寝室から えキッチンルームからトイレまでついてる ようなトイレバスまでついてるようなヨト です豪華なえそれに乗ってですねえ1人で 海へだと出ていくんです それてわああいつこうやってよっよっこう やって楽しんでんのかなと思てほんでえ ずっと思ってなんかしらんけど急にえその 夢が真っ黒になる真っ暗闇になって真っ暗 闇になって ええほんでなんか あそのミルクが海の中でくーバーとこう くるくる苦しんでいる姿がバーっとこう出 てきておどうした家ながて俺が寝てます けどうわ家ながどうしたやどうしたやおえ ないおいてもう助けやなかんと思うしどう なってでも体動けへしどなってねどになっ てんねはあと思ったら嫌な夢からはあと 思ってえねえパッと目覚めたんですよええ なんやこのこれはと嫌な意やな と思っえそれから3日で3日後でですよ なんと私 え夕刊を新聞を呼んだんですよ呼んどった んですたまたまほんだら えここれまそんな大きな生ちゃいますけど ちっちゃい生地でねえヨッでね え流されて流されてえ 死亡で流されて死亡という木々が目につい た名前言ますとその家長ですよ家永って 書いてあるんですあえ家長 がヨで流され て死どういうことかなとでじっくり呼ん だらですよ えなんかえ足にロープが引っかかっててえ ほんでそれをヨットがずっと超えてるのを そのロープに足が絡まついとってそのまま 海の上をこのヨに引っ張られて ずっとこのずっと行っとったみたいですわ えねだから足足に絡みついたあロープがヨ に繋がっとってそれでえ引っ張られてたと いうことですわなよ呼んだら えね日曜日ですよそれ僕は見た夢も日曜日 によで1人出てるんですよ ええ結果はもうあもうそのま もうとにかくそれをそれをあねえすぐま 救助というかまとにかくそれえその家永が あその助けられた時にはもうすでにももう なくなってたんですえもうもうその病院で 亡くなったなしにえなくなれなくなっとっ たんですようんうんでま あ私としては まさかこれをまさ夢と言うていうんでしょ 世間ではでもマ夢ってのは話になんか知ら んけどえ本人がねええ僕からしたら あそういうことを夢で伝えに来たのかなと うんまそうそういうことがありましたよ え僕からしたらほんまにえ悲しいようなえ 怖いような話ですよ本当に えまさか夢とりになるとはしかもそれは 家永がわざわざ白けに来てくれたというね そ夕間で見た時びっくりしました よ午前中になくなって午前中の午前中やっ たんですよねでその日の夕刊に乗ったん ですよ いやあ今今思い出しましたわこんな誰にも 言うて話すような話ちゃいますけどね こんなことあるんですよこういう不思議な というかまねえちゃんと知らせにくると いう かだ からその時はまだね生きてるんやからね僕 と別れて密かやからね夢見た時は まだ生きてる時に見てるんやからね うんまだ本人は生きてんねんかなんでまで もその別れた後にそういう夢を見たんが これが不思議ででその当時にえヨットでね え流されて死んでるんや から嫌でしょ ねそうや40ぐらいやからまだ若いやねえ 39やったんかななんかま若いのにね本当 に [音楽]

「本当にあった怖い話と僕が落語家になったきっかけ」
落語の世界に導いた恩人の話し。
その後を決定づけた恩人と出会った学校は男ばかり、刑務所に入れられたような気分で高校へ行きましたが、そこで落語研究会にはいる事になったのです。
後に、夢に現れた傷心の親友は海に引き摺り込まれそして消えていった。

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3 Comments

  1. 吉本興業に50年間所属しておりましたが今は、フリーの落語家でおます🤗🍄
    みなさん気楽に遊びに来ておくんなはれ🍄🐸🍄
    ご意見ご感想などお待ちしております🤗

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