【朗読】ねじれた偶像 – 小池真理子<河村シゲルBun-Gei朗読名作選>

ねじれた 偶像小池 まり子朗読ケリー 白取突然まなの目に涙が溢れ た涙は濃いめに塗った頬紅の上を流れ落ち 白いタートルネックセーターの胸元に 小さなシミを作っ たガラス張りの喫茶店は鎌倉駅が 見える日曜の夜10 時横浜や東京まで買い物に出た家族連れが 帰ってくる時刻は遠に過ぎてい た駅から出てくる人影はまで商店街の ネオンも寂しくなって いる1ヶ月先に控えたクリスマスのための シオセールの看板だけが赤や金のモールに 彩られグに華やか だ店内に客は彼女たちだけだっ た2人の若いウェーターはカウンターの スツールに座り込んでスポーツ紙を広げて いる小さく流れる古いアメリカンポップス の優先放送がどことなく けだるいのり子はそっとポシェットを開け を取り出してまなに手渡し たまなは何も言わずにハカを握りしめ鼻を すすっ た一体どうしたって言うのよのり子は 苦笑いまじりに行ったさっきから黙って ばかり てまなみから突然今鎌倉に来てるのと電話 があったのはつい1時間ほど前で ある相談したいことがあるからすぐに駅前 の喫茶店まで来てと言われた時はまた夫婦 喧嘩をしたに違いないと思っ た結婚して11年も経つというのにまなと 賢介はしょっちゅうabout同士のよう な喧嘩を する2次の母になってからもまなは相 変わらず焼きもち焼きだっ た一方 賢介は学生時代と同様無口口べたで 焼きもちを焼かれてもああとか違うよと いった短い言葉でしか応じないそのせいで 喧嘩は立ちまち大げさなものに なるまなは1人で生り立ち離婚を 口走る学生時代からの仲間であるのり子と 夫の照彦が間に入り冷静になるよう言い 聞かせてやっと仲直りするといった具合 だっ たまた喧嘩したんでしょうのり子は いたずらぽく言った今度の原因は何賢介 さんが若い女の子に色目を使ったのそれと も綺麗な未亡人に優しい言葉をかけた どっちいずれも前に1度あったことだった 賢介は藤沢で大きなスポーツショップをし ている店にはサーファーの若い女たちや

テニススクールに通う中年女たちが出入り し賑わってい た学生時代テニスで鍛え中年になってから も趣味の山歩きで若々しい筋肉を保って いる賢介はそんな女たちに人気があっ た僕ととした大体ぶりが珍しいらしく女 たちは彼をからかったりわざとをいじめて みたりする中には本気ともいたずらとも つかない様子で彼の自宅にまで電話して くる女もいたまなみはその度に分外し啓介 をなじるなじられた啓介は差したる弁解も せずあんな女知らないと言うばかり誰に 聞いても賢介が真以外の女にうつを抜かす ことはないと名言するに違いないのだが まなは再疑心の塊りとなって子供地味た ヒステリーを繰り返すのだっ たまなみったらいい加減にしなさいよね そりゃ私だってまなみのためなら飛んでき てあげるわよでもね高校生の女の子みたい な相談事を引かされるのは溜ったもんじゃ ないのよ根も歯もないことで焼きもちを 焼くのもいい加減にしないとそのうち まなはゆっくりと首を横に振った目は まっすぐテーブルの上のコヒーカップを 見つめて いる口がかすかに麻痺し顔全体に稲妻の ような激しい引き連れが走ったのり子は口 を閉ざし た違うの よまなみは喉が潰れた時のようなしゃがれ ごいで言った え そんなんじゃないのよまなは目をあげた 半開きにした唇に出きが糸引い たあの 人連続交換殺人の犯人だったの よ犯人だったのよまなみがそういった直後 に店の奥にある電話がけたたましくなり 出したまなみは体をビクッとさせ電話の ある方を見た従業員の男が電話に出た若者 らしい笑い声が響いたまなみはほっとした ように前を向い た今なんて言ったのり子は目を丸くした 犯人とかなんとかって言わなかった笑いが こみ上げてきて胸が揺れたのり子は ゲラゲラと笑った何を言うかと思ったら なんなのよそれ何の話のよ間違いないわ 賢介だったのよ犯人は彼だったのよ賢は3 人も女を殺したのよまなは一息にそう言い きると途切れ途に深く息を吸い込ん だのり子は笑い声を徐々に沈め最後にふっ とため息をついてぬるくなったコーヒーを 飲み干し たまなみは頭がどうかしてしまったんだと 思

これからすぐに家に連れ戻し賢介に事情を 話して早く寝かしてやった方がいいのかも しれ ない疲労ショックによる自立神経の 出張軽いう状態その時のり子の頭に浮かん だのはそうしたありきたりの言葉だっ た元々まなみはデリケートな女だった あんなことがあった後で神経が異常に 張り詰めてしまうのも無理はないのかも しれ ない疲れてるのよ まなみのり子はできるだけ優しく言った あの一連の事件はどこかの頭のおかしい男 が起こしたものなのよ決まってるじゃない のあなた殺人現場を目撃しちゃったりした からちょっとショック状態が続いてるんだ わごめんねまなみ私さえあの時あなたを 誘わなかったらあんな現場を目にすること もなかったんだものねでも自分の亭主を 犯人にしてしまうのは生きすぎよゆかり ちゃんや大輔ちゃんが聞いたらそれこそ ショックで熱だしちゃう わゆかりというのはまなと賢介の長女で9 歳大輔というのは長男で7歳であるゆかり は母親にで少し神経質なところがあり大輔 は親にでおっとりとした物静かな子供だっ た子供がいないのり子と照彦にとって ゆかりと大輔は格好のペットであり2家族 で旅行する時などは1日中相手をしていて も飽きないくらいに可愛かったゆかり ちゃんたちは今どうしてるの寝てるわ 寝かしつけた後で車に飛び乗って出てきた の賢介さん心配してるわよなんて言って出 てきたのののり子に会いに行くってただ それだけよ変な顔してなかったしてたわ まなみはのり子の繁華値を絞るようにする とその先で目尻に浮かんだ涙をこすりとっ たあの人気づいたかもしれない私が警察に 駆け込むと思ってるかもしれない怖いわ のりこどうしたらいいの子供たちを置いて きちゃったからあの人腹いせに子供たちを 傷つけるかもしれないでも私怖かったのよ 1分だってあの人と1つ屋根の下にいたく なかったのよ気は確かのり子は眉を潜めた 何が原因か知らないけどそんな風に悪い 冗談を言うもんじゃないわ冗談なんかじゃ ない見たのよまなは押し殺した声で言った 見たって何を血のついたナフよそれから血 をこすり取ったTシャツもあったわ写真 まで写真よ死んだ女の写真ポラロイド カメラで映したらしいの長い髪の子よ 青白い顔し て全部隠してあったのよそれに川崎にある スナックの街もあった わあの日賢介は川崎に行ってたのよ確かよ

1人で山に登ってくるとか言って家を開け た日だったのにどうして川崎のスナックの マッチなんか持ってなくちゃいけないのよ それ にもっと恐ろしいことに気がついた の例の連続殺人が怒ったのが何月何日か だったか古る新聞を調べてみたのそしたら 賢介が山に登って家を留守にしていた時と 重なってたの全部よ3回が3回とも全部 まなみは両手で口を押えた少し声が高 すぎる店の従業員が興味深な顔をして ちらりと彼女たちの方を見たちょっと待っ てまなみのり子は従業員にそれと分かる 笑顔を作りまなに向かって精一杯ほ見かけ た順序よく話してくれないまなみは小さく 頷き深呼吸したのり子は胃に反して背が そりとするのを覚え た昨日のことよ子供たちが学校から帰る前 に久しぶりに物置きの整理をしておこうと 思って裏庭に出たの裏口の奥にある物置き よどうせガラクタばっかりだからって誰も 物置きなんかに行ったこともなかったわ 年末も近いし気になってたからせめて誇り ぐらいは払っておこうと思ってそしたら そこ に使わなくなった塔のラブチアの奥の辺り に見慣れないバッグがあったのよ バッグ普通のスポーツバッグよ変に新しい 感じのケスの店で時々バーゲンで売る安い バッグがあるんだけど多分同じものだった と思うわ物置きの中のものは古い家具や 電荷製品ばかりでそんなものは入ってる はずはないのなんだろうと思って開けてみ たわそし たらまなみは喉が詰まったような音を立て て唾液を 飲み込みちと言っ た血のシミがついた灰色のTシャツがあっ てその中にナイフが入ってたのアーミー ナイフよ賢のナイフに間違いなかったわ ナイフにも薄ら血がついてた新しい地なの かどうか分からないけどそんなに古くは なさそうだったわだってナイフをくるんで あったTシャツは賢介が1ヶ月くらい前に 買ってきたものなんだものヘンリーネック のTシャツで私あら渋いわねって言ったの を覚えてるの だからそこについてる地は少なくともここ 1ヶ月以内に着いたものなの よまなが言ってることは筋道が通っていた 彼女の頭が突然おかしくなったわけでは なさそうだとのり子は思った気持ちの悪い ものだったわまなみは両手で自分の体を くるみこん だ分かるでしょう吐きそうになったくらい

血乾いて茶色になってシャツは くしゃくしゃなの そしてバッグに入ってたものはそれだけ じゃなかったポラロイド写真が1枚入って たの信じられないわ死んだ女の 写真髪の長い女で髪がバラバラになって顔 を追ってるものだからどんな顔なのかよく わからないんだけどともかく好味の悪い 死人の顔をしてるのよ青白くてだらとして てどこで映したかわからない室内のよう だったけど私怖くなってそのまま家に戻っ たのしばらくじっとしてたわどうすれば いいのか分からなかった賢介はお店の方に いたしまさか電話をして問い出すわけにも いかないでしょう色々考えてるうちに私 本当に怖くなって気分が悪くなってトイレ にに駆け込んで吐いた の何度も何度も吐いてしまには胃袋まで 吐きそうになったわのり子は胸が悪くなっ た貧血を起こす寸前のように頭から血が 引いて いく信じられない でしょまなみはかれた声で言っ た私だって信じられないわでもに怒った ことなのよ現実に私が見たことなの よその色々なものが入ってたバッグは今 どこにある のわからない今朝物置きに行ってみたら もうなかったわ賢介がどこかに運んで 燃やしたんだと思うあ のりこまなみは顔を歪めた苦悩の後が彼女 を10歳も付け込ませてしまったように 見えたどうしたらいいの私どうすればいい の返す言葉がなかった聞きたいことが山 ほどあるような気がしたが喉の奥で言葉が つまり唇まで上がってこないのり子は岩の ようにじっとしていたおかが背筋を はい上がってきて軽い目まいとともに米神 を麻痺させた 店のウタがそっと近づいてき た恐れいりますがと彼はのり子と学の顔を 交互に眺めながら行った10時半で閉店に なりますのり子は曖昧に頷いた男は無表情 に去っていったまなみは目を伏せしばらく じっとしていたがやがてまた口を開い たさっきも言ったけど世間を震え上がらせ て 官殺人犯が1人暮らしをしている若い女を 襲って殺した日には賢介はいつも家にい なかった調べたのよ私その日あったこと 日記につけてる から1度目は9月11日水口で23歳の 看護婦が殺された日この日賢は山に登 るって言って一泊してきたわ2度目は10 月16日武蔵小杉で二十歳の短大生が殺さ

れた日この日も同じだった賢介はいなかっ たのそして3度目はこの間の川崎の事件 いつも事件の起こった日は彼は留守なのよ 事件は必ず月曜日に起こったわ月曜日は 賢介の店の定休日おまけに川崎の事件の後 で私彼の着ていたジャケットのポケット から川崎のスナックのマッチを見つけたの よ川崎に知り合いがいる話なんか聞いた ことがないわ大地どうして山に登ったはず の彼が川崎にいなければならないの おかしいじゃないの何かの間違いだまなみ の思い違いなのだと考えようとしてのり子 は考えがまとまらずに震え上がっ た津田 賢介自分やまなみや照彦それにあの ハンサムな幸夫と共に学生時代を過ごした 男スポーツマンでたくましくて無口だが 家庭的な 男まなが愛して山ない男照彦とは未だに 親友同士であり照彦がこの世で最も信頼し ている 男酒もタバコもかけことも一切やらない彼 の唯一の趣味はは自然に親しむことだった 中でも山は彼の安則の場所であり今でも 時々ふらりと電車に乗って丹沢や秩父の山 を歩いてくるたまにあって賢介から戸語り に行かされる山の話はどんな時でものり子 や照彦を魅了したそんな彼がなぜ血のつい たTシャツやナイフや死んだ女を映した 写真などを物に隠していなければならない のだろう店の定休日に妻に嘘までついて どこかに出かけなければならないの だろうてるひこさんには言わないでまなは 絞り出すように言った賢介とあんなに仲が いいんだもの照彦さんの口から賢介の耳に このことが入っ て私ゆかりは大と一緒に殺されるかかも しれないまさかと思ったがのり子は頷いた いずれにしろ照彦には言えないとても こんな話は言えないこのことは自分と まなみとで解決しなくてはならない少なく とも今しばらくは照彦抜きで考えてみ なければなら ない今日まなみにあって聞いたのは犬も 食わない夫婦喧嘩の話だったってことにし ておくわのり子は言っただから安心し て店に流れていたアメリカンポップスが ぷつりと途切れ店内が静かになった照明が 明るくなり従業員たちがモップを手に掃除 をし始めたのり子はまなみを流した閉店 らしいわ出ましょう帰りたくないまなみは ポと言った怖いの帰らなくちゃ疑われるわ それにそれ に犯人が襲うのは赤の他人の女なのであっ て妻や子供ではないはずよそう言おうとし

てのり子は言葉を飲み込んだまだ決まった わけではないそう賢介が犯人であると 決まったわけではないこれはまなの とんでもない妄想に違いないのだともかく 帰りましょうね帰りがけにその店特性の血 を4つ箱に入れてもらった箱をまなみに 手渡し明日家族で食べるようにと言った ケーキでも持って帰らないと賢介さん何の 話だったのかって疑うわよ私もよく考えて みるわまた電話するわそのうち4人目の 犠牲者が出るんだわまなみは言ったのり子 は彼女の肩をそっと抱き店を出た外は一段 と気温が下がっていてコートなしでは 震え上がるほどだったのり子はまなみを車 に乗せくれぐれも気をつけて反転するよう 言い聞かせたから彼女の車が心もとない エンジンの音とともに遠下がっていくのを 見送っ たまっすぐ家に戻りたくなかった家では 照彦が待っているさっき家を出る時テヒは 書斎で明日の民族が講義のための下調べを していたおそらくまだ書斎にいるだろうし 自分が帰ればまな夫妻の夫婦喧嘩を魚にし て酒でも飲もうと言い出すに違い ないまなみの話が何だったのか家に戻る までに立ち上げの作り話を考えておく必要 が あるのり子は駐車場に駐車させておいた 自分の車に乗り込む ドアロックしたイグニッションキーを入れ ヒーターを緩めにつけてからシートに ふぶかと身を沈め たラジオをつけてみたがどの曲でも間違い なほど想像しいディスクジョッキーの 喋り声しか聞こえなかった彼女はラジオを 消しポシェットからタバコを取り出して火 をつけ た恐ろしいことになったということしか 考えられなかっ たまた電話するとまなみに行ったものの いい解決策など思い浮かぶはずがないこと は自分でもよく承知してい たどうすればいいの だろう10日前のことが鮮やかに蘇っ た小沢美香があの運命のマンションに 引っ越さなければそして引っ越した後私や まなを部屋に招待していなかったら私やな に何か休養ができてあの日川崎のあの マンションに行かずに住ん だらあんなものを見ることもなかっ たのり子はため息をついた生涯忘れられ そうにないあれを見ることになれるとは どうして想像できた だろうのり子は横浜にある有名なA会話 スクールで学生やサラリーマン相手に英語

を教えて いる小沢美香は彼女が受け持つ生徒の1人 だっ た福岡出身の医者の娘であけっぴろげな 性格の陽気な19歳だったまなと連れ立っ て川崎にある美香のマンションに出向いた のもミカが引っ越したばかりのかっこいい マンションに先生とまなさんを招待したい と言い出したからであるみかは会話の レッスンの中でしょっちゅうまなみの話を していた学生時代からの仲良しで仲良し 同士がそれぞれ結婚し未だに4人は仲が いいのよと説明すると美香は途端に興味を 示した横浜にある短大に通う美香にとって そうしたテレビドラマのような団長の関係 は憧れの的だった らしい以来ミカは会ったこともないまなみ の話をよくレッスンの中で引き合いに出す ようになった引っ越し先のマンションに 招待されたことをまなみに話すと彼女は いいのと言ったなんだか恥ずかしいわ私 その子に会ったこともないんだからいい じゃないのとのり子は強引に誘った20 近く年の離れた若いお友達と付き合うのも 悪くないわよ若いエキスを吸ってこっも若 さを保たなくっちゃね一緒に行こうよみか ちゃんて子はとってもいい子 よ当日は昼前に連れ立って川崎まで出て エビで小さなケーキを6個買ったそれから 教えられた通りにタクシーに乗り美香の マンションに着いたのは午後0時半頃美香 はスカでなくては入居できないような1 dkのさた室内で料理を作り待っていたが どこかしら落ち着かなげな様子だっ たなんか変なんですのり子たちを玄関で 出迎えるなりミカが言ったへんて何 が向かい側の部屋なんですけど夕べから ずっとテレビをつけっぱなしで酔っ払って そのまま寝ちゃったんでしょきっとのり子 は笑っただが美香は笑わなかったそれだけ じゃないですさっきから変な匂いがするの 廊下に立った時感じませんでしたか別に のり子はまなみと共に顔を合わせた美香は ふっと微笑んだだったらいいんです私考え すぎよね二十歳くらいの女の人が住んでる んだけど殺されたんじゃないかってさっき から考えたら怖くなってまさかね 何か変なものとでも聞いたの ええ夕べガタンガタンって物が床に落ちる ような音がでも本当に酔っ払って何かを 落としたのかもしれませんよねすみません せっかくいらしてくださったのにこんな話 をしちゃってばあまなみさんって綺麗な人 ですね想像してた通りお座みかです よろしくまなみはまんざらでもなさそうに

微笑みこちらこそと言った3人は賑やかに 冗談を言い合いながら小さな食卓を囲み ミカの手作りの料理を食べ始め た1時間後ミカが冷蔵庫からビールを 取り出すためにキッチンに立った時偶然 室内に流れていたCDのポップス音楽が 終わり一瞬静寂が辺りを包ん だ玄関ドアの外の廊下からテレビの バラエティ番組の音声が聞こえてきた キッチンにいた美香がそっとのり子と まなみを振り返ったまだテレビがついてる わねのり子は言ったまながカテージチーズ の乗ったカペを頬張りながら頷いた おかしいですよやっぱりミカがトレに缶 ビールを3つ乗せながら方針したように 言っ た病気で倒れてるのかもしれないわ風で寝 てるんだとしてもあんなにテレビを大きく つけないでしょうしね私医者の娘でしょ しょっちゅう父から聞かされてきたんです 人間ってのはいつどんな時に倒れるか 分からないもんだってどんなに若くても どんなに健康でも人間ってのは倒れる時は 倒れるものなんだって このマンション上中の管理人はいないの のり子は聞いたいないんです時々管理会社 の人が点検に来るらしいけどミカは キッチンから出てくると玄関先で赤い サンダルに足を突っ込んだちょっと見てき ます気になって仕方ないんですものそれに 夜までこの調子でテレビの音を聞かされる なんてたまんないわ一緒に行こうかのり子 は立ち上がった美香は大きく頷いた焦げ茶 色のリノリウムの廊下を挟んだ真向にある ドアの前に立った表札には手書きでアンド とあるいかにも女らしい細い文字だった マンション1階にある部屋はミカの部屋と 安藤の部屋そして他に2室ある だけ建てられてから日が浅いせいで入居し てるのはミカと安藤のところだけ だテレビの音声が一際大きく聞こえ た耳を済ませてみたが人のいる気配はし ない奇妙な匂いが鼻をついたこれまで嗅い だことのないような生臭い匂いだったミカ がチャイムを鳴らした2度3度鳴らしたが 誰も出てこないまなみも心配そうな顔をし て傍にやってきたルスみたいミカが小声で 言いながらそっとドアのを握っ たカチリと音がしてドアが1cmほど開い た3人は顔を見合わせ た開いたドアの向こうからテレビの音が がなり立てるように聞こえてきた耳の遠い 老人でなければこれほどボリュームを上げ はしないだろうミカがドアを大きく開け 失礼しますと声をかけたごめんください誰

かいますか玄関の叩きの部分に黒いハイ ヒールがバラバラになって転がっていた他 に履き物は ない入ってすぐ右横がバスルームその先が ダイニングキッチンに通じるガラスドアに なっておりドアは半ば開いていたドアの 向こうはレースのカーテン越しにもれて くる午後の光で満たされているテレビの 音声の合間を縫ってどこからか時折り ちっちっと泣くこりの声が聞こえてき た安藤さんミカが首を伸ばして中を伺う 姿勢を取った生臭い匂いが鼻をつく不安気 な顔をしたままミカはサンダルを脱いで中 に入ったためらいがあったがのり子も靴を 抜い たガラスドアの向こう側でミカがふと足を 止め た奇妙な止め方だっ た段階絶壁の先端で突然足を止めた時の よう なミカはビクとも動かなくなったその背中 が触れた途端に粉々に壊れてしまうガラス ザイクのように 見えるのり子は彼女のまで行き肩越しに こわごわ視線を室内に走らせ た床一面に小さな丸い 粒資料のようなものが散らばっていた小鳥 の餌だということはすぐに分かった ダイニングテーブルの脇の出窓に鳥かごが あり中で2話の白長がちっちっと眼に さえずって いる床にばらまかれた餌の中に蓋が開いた ままののりの缶が転がっていた缶の中は殻 で表側にはピーコとチコの餌と書かれた髪 が貼り付けられてあっ た隣は寝室だった小型のカラーテレビが台 から落ちて床に逆さに転がっており耳を 塞ぎたくなるほどのの大音量で洗剤のCM が流れて いるベッド脇のラグマットの上 で女が仰向けに倒れてい た3婦人家の台に上がった時のように両足 をこちら側に向けて大きく広げて いる下着はつけていない首の辺りに青黒い 痣が見えた何かで首を閉められた時のよう な痣 長い黒髪がのたうつ細い蛇のように顔を 負っている表情が見えないのが救いだっ た辺りは 文字通り血の海だっ た着ている白っぽいネジがどす黒く染まり 井ありから流れ出したらしい血があたり 地面を覆っているまるで一滴残らず体内の 血が留出してしまったよう だ生臭い匂いは吸い込む前としても嫌なく

鼻に入ってくる吐気が胃の奥の方で渦巻き 今にも結界しそうなダムの水位のように どんどん喉をめがけてせり上がってきた のり子は口を押さえたちっとまた鳥が鳴い たガムテープを張ってから割ったらしい 寝室のガラス窓から乾いた秋の風が入って きた死んだ女の髪が風に揺れ た真っ先に叫び出したのはまなみだった 叫び声は長く細く続きそれを合図にしたか のように3人は外に飛び出し た駆けつけた刑事たちに色々なことを聞か れた翌日の新聞には大きく事件の記事が 掲載された被害者は22歳になるクラブ 勤めのアルバイトホステスで反抗推定時刻 は前日の早朝3時半頃死因は考察による 窒息死ではなく腹部を刺されたための失血 士と断定されたショックで気を失っている 間に腹を刺されそれが致命称となった らしい手口はこれまでにあった2件の反抗 と酷似していた新築マンションの1階に 1人で住む若い女性を狙う深夜から早朝に かけて窓ガラス一面にガブテープを張り音 を立てずに叩き割る侵入後首を閉めて気絶 させその後ナイフで腹部を深くさす 美香は直にそのマンションを引っ越して 東京の親類の家に身を寄せた3人目の犠牲 者を出した連続豪官魔の正体はなお不明 だった目撃者もおらず犯人は証拠を何も 残してい ないあれが賢介の反抗だったとしたら のり子は気分が悪くなりハンドルの上に 両手を乗せて目を閉じ たあの大人しい山月の賢介の反抗だったと し たらおかしなことに賢介があの安藤という 被害者の女性の寝室に侵入し恐怖にすむ ネグリジェ姿の女性の首を閉めている光景 が頭の中に広がったそれはぞっとするほど 現実味を伴う光景だっ た喘ぎ声を漏らしながら女性を犯し挙句に アーミーナイフで腹部を刺している 賢介外ナイフを引き抜く 賢介血はほとんど流出していない少しずつ 少しずつ 傷口から 流れ出るそれをじっと見下ろしている 賢介落ち着いた動作で部屋のドアから出て いく賢介血のついたシャツや手袋を脱ぎ バックに入れナフと共に自宅の物置きに 隠す 賢介似合ってるそう思いのり子は 震え上がっ た賢介には昔からどこか秘密めいたところ があったずっと昔まだ大学在学中だった頃 まなから賢介さんって時々怖いと思うこと

があるのと打ち上げられたことがある のり子もまなみ賢介と照彦が皆同じテニス クラブに入っていた時のことだまなと賢介 は早々と結びつき旗から見ても幸福そうな 声に落ちてい まなは言っ たなんて言えばいいのかわかんないけど なんとなく誰にも見せない秘密を持ってる ような感じがする時があるのよ深夜誰も見 ていないところで1人でその秘密を 取り出してきて安心して眺めてるみたい なそれが何なのかわからないの聞いて答え てもらえるようなことでもないしまなが賢 と付き合初めて間もなくのことでもあり まな自身賢に具体的な秘密があると思って いたわけでもなかったんだろうその話は 1度きりで終わっただがのり子にはその話 は妙に印象に残った賢介に時折りある種の 不気味 さどれほど親しくなっても決して生身の姿 を表さない蛇のような固くなさを感じる ことがあったのはのり子も同じだったから だ無論大学を卒業し賢介がまなと結婚した 頃にはそんなことは忘れてしまった大人に なってからは賢介の持つ得体の知れない なめた雰囲気が彼の照れでありまた軽い 対人恐怖のせいだということもはっきり わかった今では誰も賢が秘密めいた不気味 な男だとは言わないだろう賢介は誰の目 から見ても大人しく誠実で幸愛深いただの テレ屋の男だったでもとのり子は2本目の タバに火をつけながら思っ たそれならなぜ賢介が血のついたアーミー ナイフを持っている姿がこれほど簡単に 想像できてしまうの だろう なぜ まさか幸夫はそう言ってタバコを加え火を つけた苦笑いを浮かべているにもかわらず なんだか怒っているような口ぶりだっ た柔らかなウェブのついた血のある髪が額 の辺りでなみ打っているバーカウンターの 黄色い関節照明が彼の瞳を鈍く光らせた 嫌な話だ考えたくもないねそうだろう賢介 にそんなことができるわけがないまなは 殺人現場を目撃してしまったせいでそんな ことを想像してるだけだよ賢介のや かわいそうに女房にそんな風に思われて ことを知ったらあいつよはんで山で 1000人になっちまうかもしれない じゃあまなが物置きの中で見つけたものは どう説明するの彼女本当に血のついた ナイフやチシャを見たのよそれが本物の血 なのかどうかまなみだって確かめたわけ じゃないだろう山に行った時の赤土が

こびりついていただけかもしれないじゃ ないか土と血を間違えるかしら子供だって 分かることだわ土じゃなかったら魚の血さ きっと川魚を捕まえようとしてナイフを 使ったんだ魚の血魚ってシャツにシミが できるほど血が出るものあなた本気で そんな風に思ってるの暑くなるなてのり子 幸夫はスツールを回してのり子の方に 向き直った君らしくもない冷静になれよ顔 にはいつもの笑が戻っていたのり子は ぎこちなく笑った 幸夫は彼女が手にしていた殻のグラスを そっと取り上げバーテンダーに同じものを と言った同じテニスクラブのメンバーだっ た幸夫は賢介や照彦とも仲が良かった クラブ員の中で1番ハンサムであり身のこ なしも行きで女たちにモテはやされたが彼 自身は騒がれるのは苦手だったらしい派手 にディスコなどで騒ぐよりもしみと居酒屋 のようなところで少数の仲のいい友人と 飲むことが好きな男だっ たのり子は雪夫と短い期間だったが関わり を持ったことがあるどちらかと言うと明す に皆の前で恋人宣言などするような性格で はなかった幸夫は当時彼が最も親しく 付き合っていた照彦にもそのことは黙って いた卒業間際になってのり子に救いしてき た照彦を前に彼女は困りはて たあなたの親友とすでに付き合っているの などとはとても言えなかったひょんなこと から幸夫とのり子のことを知った照彦は 猛烈な嫉妬心と怒りを燃やし幸に朝鮮上を 叩きつけたクブ内では皆が後期の目で成行 を見守ったが結局雪夫は驚くほどあっさり と身を引いたなぜあんなにあっさり身を 引くことができたのかよくわからない友人 と争うのが怖かっただけなのかもしれない あるいはのり子との関係は友人と争うほど のものではないと判断したせいだったのか もしれ ないのり子はその後照彦と静かな恋に落ち そして結婚し た以来照彦は幸夫と連絡を一切取り合って いない照彦の前で幸夫の話題はタブーだっ た夫に黙って2ヶ月に1度ほど雪夫と軽く 飲んだり食事したりする間柄になってから 1年ほど経つ何かが起こりそうでいて 決して何も起こらない関係だったがそれで ものり子はいつも罪の意識に苛まれてい た幸夫には妻も子供もいる彼が家族を愛し てるのもよく知っている肉体関係を持た ないからと言ってこうした関わりを続けて いることももし幸夫の妻や照彦が知ったら どう思うかそんなことは分かりきっていた それにこのまま行けばいつかは再び2人の

関係に火がついてしまうかもしれないその 予感は十分にあっ たやめなければと思うだがどうしても辞め られなかった幸夫には照彦にない冷静さが あった幸夫の言うことはいつも大抵 正しかった彼は理性的で大人だった彼が 謝った意見を言うの聞いたことが ない彼がこっそり彼女を旅行に誘うことが ないのと同様彼はいつも間違いを犯さない 男だった 一度まなを病院に連れて行った方がいいん じゃないか幸夫が冷やかに言った 病院まさか彼女は正常よ日本人は精神家や 神経家の医者に見てもらうことに偏見が ありすぎるまなはきっと霊のことを目撃し たショックで一時的な妄想状態に陥ってる んだ僕のの知っている男にさ可愛がってた 子供が病気で死んだ後ちょっとおかしく なった奴がいるんだ死んだはずの子供と 公園でキャッチボールしてきたなんて女房 に報告したりしてねでも精神家に行ったら 半年くらいで治ったよ薬なんか飲まずにね まなみも時に治るさあいつ結構神経が細い からショックが答えたんだろうそれとも 賢介のことを日頃から何かと疑ってたのか な浮気してんじゃないかとかなんとか さじゃああなたはまなが物置きの中で見た ものがただのスポーツバックで中には何も 入ってなかったっていうの妄想っていうの は何もないことをあったかのように 思い込むことを言うんだよ彼女は何も見 なかったんだその証拠に翌実はもうその バックとやらはなくなってたんだろうええ とのり子は力なく言ったほらねと幸夫は いたずらぽく笑った初めから何もなかった の さ私はそう簡単に生きる自信はないわ まなみによると賢介さんは事件があった日 の夜は必ず山に行くって言って家を留守に してたそう よたまたま殺人事件が起こった日に家 を留守にしてた男なんて日本中に5万と いるよそいつらをいちいち犯人にする つもりかいでもこの間の川崎の事件の時は 賢介さん川崎にあるスナックのマッチを 持って帰ったのよ変だ わあのねのり子幸夫は子供に向かって諭す ように行った飲み屋のマッチなんてものは 証拠にも何もならないんだよこの前もいつ も昼休みに行く銀座の定食屋で親父に マッチくれないかと頼んだらなんとかって いう千葉にある麻雀屋のマッチを渡された そこの親父が行った麻雀屋のマッチでさ たまたま定食屋のマッチが切れてたから そいつをくれたんだ帰ってから女房にあら

あなた千葉まで行って麻雀してきたのって 聞かれたよそんなもんだよマッチなんか エジだって全く無関係な人間の手に渡るん だそれは認めるわのり子は静かに言った あなたが言う通りだったとしたらどんなに 嬉しいかしらでも私は正直に行ってそんな 風に考えることができないのおいおい君 までおかしなことを言い出すのかい僕の 言う通りに決まってるよ照彦だってこの話 を聞いたら同じことを言うに決まってるさ 彼はこの話を聞いたらきっと怒るわあの人 賢介さんのことを心から信頼してる から自分が信頼してる人間のことを誰かが 少しでも悪く言うと彼は怒り出すの子供 みたい にしばしの沈黙があった雪夫はカウンター のグラスに目を落としたまま聞き取れない ほど低い声で言っ たテる彦のやつ元気かい元気よとのり子は 言ったそうかと雪夫は頷きまたタバコに火 をつけた学生に人気があるんだろうな あいつらしいわ彼のジェミにはいつも大勢 の学生が集まってくるし羨ましいよ女子 大生に持てるなんて初見乱用ってとこだな お会いにね彼のゼミは男の学生ばっかりよ 第一全学生の中で女子が1にも満たない 大学なんだものそうかそうだったなざ見ろ だのり子は笑った雪夫も白い歯を見せて 笑った2人はそれからしばらく黙ったまま スコッチを飲みタバコを吸ったのり子は 信じられないほど気分が良くなったのを 感じた あなたに話してよかったわ彼女は呟いた まなみと2人で顔つき合わせていても何の 解決策も浮かばなかったと思う多分あなた の言う通りよ賢介さんがあんなことする わけがないものね幸夫は黙ったまま頷き のり子をちらりと見た頼むから君まで おかしくならないようにしてくれよ君は昔 からから貴重な人だったからね死体の1つ や2つ見たからと言って神経をダメにする ようなやな女じゃないはずだまなみに行っ てやるよ病院に行けって別の言い方でそう 言うわのり子は微笑んだあなたみたいな 言い方で言ったら逆効果よ誰にとってもね 好きにするさ幸夫はグラスに残った スコッチを一息に飲み干したさてそろそろ 行くかなサラリーマンは辛いよ明日もまた 7時おきだ聞いてくれてありがとう雪よ 助かったわどういたしまして僕は君とこう やって時々会えばそれでいいんだまた電話 するそうしてくれ楽しみにしてるよそれ から最後に言わせてもらうけどのり子は スツールから降りながら行ったなんだい私 だって今回ののことショックだったのよ

平気だったわけじゃないわ今なり夢でうさ られるの一生忘れられないと 思う分かってるさと幸夫は言い彼女の肩に 手をかけてゆっくりとバーの出口に向かっ たでもこれだけは覚えておいた方がいい誰 でもいつかは死ぬんだ死んで見にくい姿を 人にさらすはめになるその死に方にに色々 な死に方があるというだけの違いだよ僕 なんか出死体も心臓麻痺で死んだ死体も 同じだと思ってる死体は死体さただの人間 の形をした物体だよあまり深く考える意味 は ないのり子は店の途中で立ち止まり彼を 見上げ た交換された死体でも幸はじっとのり子を 見つめゆっくりと深くづい た同じ さまなから電話があったのは翌日の朝の ことであるリビングルームで3倍目の コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた 照彦がのり子よりも先に電話に出 たこの間また喧嘩したんだって照彦が 苦笑い交じりに聞いている聞いたよのり子 からまなみちゃんも若いな賢介も気が若い 女房と一緒にいて若えるってわけだいい じゃないか えうちうちは喧嘩はしないよのり子も僕も 大人だからそう言っててるひこはキッチン にいるのり子に向かいウインクして見せた のり子は微笑み返しジズの脇で濡れた手を 吹きながら電話のそばまで行った照彦が声 を張り上げた ちょっと待ってのり子と変わるからあそう だ忘れてた後でいいんだが賢介に伝えて おいてくれないかな何か喋れた ウォーキングシューズがあったら選んで おいてく れって学生どもを連れてゼミ旅行に行くと その度に笑われるんだよ先生ダサい靴 なんか履かないでくださいよっってえうん この前は岩手に行ってきたそれは僕の研究 でね来月もまた行くんだこんな風に しょっちゅう出かけてる割には靴がダサい らしくてさ賢介にいいやを見つろって もらわないとねそれじゃ今のり子と変わる よ10を手渡されたのり子は照彦が再び ソファーに腰を下ろし新聞を広げるのを 視野の片しで捉えながらおはようと言っ たさっきが店の方に出ていったの子供たち も学校に行ったし今私1人よまなみは セカセカした口調で言ったてるひこさんに 適当な作り話をしておいてくれて ありがとう今てるひこさんあなたのそばに いるのええのり子はさげなく言い照彦に 聞こえるように仲のりしたようで良かった

じゃないと付け加えた照彦さんがそこに いるんだったら手短に話すわ適当にに合槌 を打ってねお願いのり子すぐにこっちに来 てほしいのおかしなものを見つけたのよ 賢介の机の中から昨日の夜彼が子供たちと 一緒にお風呂に入ってた時よこれまで怖く て彼の机の中は調べたことがなかったの変 なものが出てきたらどうしようと思ってた しでも我慢できなくなって調べちゃったん だけどそしたらああのりこ私ショックだわ ね見つけたものをそれそれをあなたに見て もらいたいのよ照彦が新聞を畳みタバコを 加えてゆっくりと火をつけた部屋を出て いく気配はないのり子はあらそうなのと 言ったふうんいいんじゃないそれで今日の 仕事の予定はどうなってるのすぐこっちに 来られない えっと今日は私午前中のレッスンは休みだ けどでも午後はびっしり終わるの6時半に なるわ夜なら夜は賢介が帰ってきちゃうわ これから来られない1時間でいいのお願い 1時間だけこっちに来て照彦が目を細め ながらのり子の方を見た何事においても セカセカしないゆったりと構えた学者風の 穏やかな自然が彼女を包んだ天気もいい ことだしねのり子は女友達から突然 デパートのバーゲンに行こうと誘われた時 の主婦のような表情を作りあいで見せた いいわよどうせなら一緒にお昼を食べ ましょうかと言っても私は少なくとも12 時過ぎにはそっちを出ないと間に合わない けどありがとうのり子まなみはかれた声で 言った待ってるわじゃあ後でねはいわかり ましたそれじゃあねちを下ろしてから のり子は夫に向き直った照彦はニヤニヤ 笑いを浮かべながら彼女を見上げた今度は 何のお誘い当てたら偉いわのり子は笑って 見せたそうだなケーキを作りすぎたから 食べるのを手伝って欲しいってとこかな はずれじゃあ庭で近所の人とテー パーティーをやるから来ないかという 誘いそれもはずれわはそれほどスノップ じゃないわなんだろうわかんな 降参クリスマスのために英語のクッキング ブックを買って本場のクリスマス料理を 覚えようとしたんですってでもどうしても 分からない箇所があるから教えてくれって 私の英語力も相当信頼されてるでしょう まなみちゃんも君も昔と変わらないなあ 照彦は髭を蓄えた口元を滅ばせたあらどう してまなみちゃんは相変わらず人使いが 荒いし君は君で自尊心をくすぐられると すぐに張り切って出ていくばあさんになっ てからもそういう性格ってのは変わらない んだろうな

きっとみつごの魂100までって言しね のり子は最もらしく微笑んで見せたが頭の 中では別のことを考えていたまなは幸夫が 言っていたような妄想状態にあるのでは ないのかもしれない賢介の机の中から 見つけたものを他人に見せるという行為は 現実に何か見つけたからこそできることで ある何もなかったことをあったかのように 言うのであれば見つけ出したものを誰かに 見せることなどできないではないか彼女の 精神状態は正常なのだ違うだろうかいい 天気だ照彦は熊のように立ち上がって窓の とに行き庭を見ながら大きく伸びをした 毛玉の出きかかったクリーム色の カーデガンが彼の腰の辺りで縮んだ腹巻の ようにせり上がったふろ姿は完璧に中年男 のそれになっている賢介と違ってあまり 運動しなくなったせいか腰にも背中にも たっぷりと贅肉がついてしまった先行が 民族学なのでしょっちゅう い自社や村落を立歩き体を動かしている 様子だったが動いた分だけ猛烈な食欲が 体質なので体重は増えるばかりだかつて テニスクラブの副部長だった頃の美しく しまった体つきなどおかげもないそれでも 照彦がそうやって古い家の窓辺に立ち贅沢 なほど広い庭を眺めている後ろ姿は のり子に他では得られない安心感を もたらし た鎌倉のこの家は照彦の父親からそのまま 譲られたもので彼の生まれ育った場所でも あった今でも2階の北側にある薄暗い難度 には照彦が幼い頃使った勉強机や錆の浮い た子供用顕微鏡小学校時代の優秀な成績表 コンクールで1位を取ったクレヨンガなど が保存されて いるこの家はもはや照彦と一体化して しまっていた彼の人生の国一刻を刻みつけ ながら少しずつ朽ていく 家彼の輝かしい過去を保存しながら朽て いく家彼が家の中にいるとそれだけで家 全体が呼吸を始めきづき始めるその温かい ぬくもりがのり子は好きだっ たごくたまに幸夫と結婚したらどうなって いただろうかと考えることも あるだが想像はいつも空回りして途中で 行場を失った現実に照彦と共に生きている ことの重みはそうした想像の枠をはかに 超えてい た仮にとの関係が再演したとしても自分は 決して照彦と別れることはできないだろう とのり子は思っ た愛や情熱や誠実さの問題ではないもっと 深い不気味なほど深い結びつきが自分と夫 との間に出来上がってしまっているそれを

壊してまで新たに生きるだけの自信と エネルギーは彼女にはなかっ たや静かに雪夫とあったことそして賢介の ことで大きな秘密を持っていることそれら のことがのり子にぞっとするほどの罪悪感 をもたらした彼女は静かに夫に背を向け リビングルームを出ようとし た不に照彦が振り返りいたずらっぽく 微笑みながら呼び止め た僕も一緒にまなみちゃんのところに行く か なドアのノブを握りながらのり子は 立ち止まりさげなく彼の方を見 たあらだってあなた今日は講義があったん じゃないの急行にするさこんなにいい天気 なんだたまにはボクラ学生の顔を忘れて ドライブにでも行きたいよでもまなみと私 はあなたに分からない料理のことで キッチンに入ったまま出てこないわよそれ でもいいの僕が味見してやる よつのの沈黙があった庭でスズメが さえずっている照彦は不に色つやのいい唇 を大きく横に広げ豪快に笑った嘘だよ嘘 講義を勝手に休むわけにはいかないよそう できればいいと思っただけだ 一瞬感じた困惑を認められないよう注意し ながらのり子はなんだとだけ言い軽く肩を すめた僕が一緒だとまずい話でもあったの かな照彦は笑顔のまま聞いたないわよ そんなものねそんなことよりも私今日 クリーニング屋によるんだけどあなた何か 出してくるものはないいつも旅行に持って いくブルゾンはそろそろ選択した方がいい んじゃなかったブルゾンの選択なんかどう でもいいさ照彦は相変わらずニヤニヤ笑い を浮かべたまま立っていったやあねどうし たって言うの よ女は怖いてことを考えたところだよ案外 君たちは僕や賢介を差し置いてこの世で 1番強く結びついてるのかもしれない違う かなな冗談なの本気なのどっちどっち でしょうテフはふざけた歩き方でゆっくり とのり子のそばまで歩いてきたソーセージ を5本並べたような大きい太い手が彼女の 腰をわずかに持ち上げさらに尻の肉を 思いきり強くつねったのり子は弾かれた ようにのけぞり小さな悲鳴をあげたあまり の痛みに涙がにじみ出そうになる 痛いわ何するの僕を裏切るとこの尻を えぐりとっちゃうぞいいか分かったから 話して君は僕だけのものだ私はかの鳥なの そうだとらわれのこりってわけねそういう ことかごから出られないのねそうだじゃあ 仕事もやめて家にいなくちゃいけないの できたらそうしてもらいたいところだおい

夕べは誰と飲んだんだふざけた冗談区長の 中にカスカに探るようなニュアンスが感じ られたつの頭から血が引いていくような気 がしたがじでのり子は笑顔を保った大丈夫 雪夫あっていたことがバレるわけがない あのホテルのバーに見知った顔はいなかっ たそれに幸夫と一緒にいたのは高々2時間 程度帰ってみたら照彦はすでにっていて 風呂上がりのパジャに着替えていた照彦 本人に見られたはずもないいったでしょ リタと軽く飲んだだけだって言っておく けどリタっていうのは女よ歴とした女の 英語教師おまけにレズでも性転換した女で もないわテフは尻を握りしめた手を緩め髭 の間から柔らかな笑を漏らした知ってるさ いやね知っててわざとふざけてるわけ突然 君のお尻が触りたくなったんださあさあ 遅れちまう馬鹿なこと言ってないで出かけ なくっちゃまなみちゃんのところにはすぐ に行くのかいそのつもりよオッケーじゃあ 君の車で駅まで送ってもらうことにしよう 照彦はスリッパーを大げさに鳴らしながら 書斎の方へ歩き出したのり子はじっと夫の 後ろ姿を た天部に鈍い痛みが広がっていた机の角で しこたま尻を打った時のような痛み苦い 自責の念が忍び寄った雪をに合うのはもう やめようのり子は思ったいずれ遠くない日 に照彦が彼女と幸夫の関係に気づく時が 来る必ず来るわけもなく確信を持ってそう 思っ た まの家は藤沢市の南江ノ島電鉄と小田急 江ノ島線に挟まれた静かな住宅地にある 元々賢介一家は賢が経営するスポーツ ショップのビルの上にある2DKの マンションに住んでいたのだが4年ほど前 に家を立てここに引っ越した新築祝に照彦 と共に初めて彼らの家を訪れた時は賢が 自慢げに室内を案内してくれたものだ アーリーアメリカン町の気楽で開放的な 感じのする家は自然を愛する賢介の趣味が 随所に活かされ利蔵都市のペンションの ような雰囲気を漂わせていたそのうち犬で も買おうかと思ってと賢介は子供のように はしゃいだでっかいやつだよ両肩にするん だそして山歩きの音をさせるいいだろなあ のり子はまなの家の前の車寄せに車を静か に止め外を見た背の低いフェンスの向こう に箱庭のような小さな庭が見える子供用の 簡易ブランコ一まとめになって放り出され てある小さな赤いスコップやプラスチック のおもちゃのバケツ賢介が男性込めて育て たという花壇の中のバラいくつかの名も 知らぬ草花葉を赤染め燃え立つように空に

向かっ 枝を伸ばしている木々温かい初頭の太陽が それらを包み込み光のプリズムを作って いるそこは楽園だった誰にでも簡単に手に 入りそうでいて実はなかなか自分のものに することができない小さな 楽園嘘よのり子は目を細めながら思っ たやっぱりまなの妄想なんだ賢介があんな ことするわけが ない日差しに包まれながらそうやって庭を 見ていると何もかもがうまくいくような 錯覚さえ覚え た賢は何もしていないまの神経もすぐに 治るそして何より も私と幸夫のことは夫に永遠にバレない 人生はこれまで通りゆったりと穏やかに 流れていく何1つ歪むことなく何1つ 変わること なくのり子白い玄関ドアが細めに開けられ まなみが顔を覗かせた化粧気のない苦悩の ためにびに歪んでしまったような顔だった のり子は急いでイグニッションキーを抜き 車から降りた庭に面したリビングルームに 入り刺し子の手作りクッションの上に腰を 下ろしかけるとまなみが黙ってのり子の腕 を取ったこっちに来て今な誰も帰ってこ ないから賢介の書斎に来てみて一体何を 見つけたののり子は穏やかに言ったねえ まなみ私考えたのよ1つ1つ冷静になって ねでも私には とてもとても賢が犯人だとは思えないって 言うんでしょまなは今にもべそを描きそう な子供のような顔をしていった分かってる わ私だってそう思いたいのよでももうだめ 怖いの夜がどれだけ怖いかあなた分かる あの人と同じベッドで寝てる時ああここに いる男は3人もの女を殺した男なんだって 思うと歯がガチガチなり出すのあの人4人 目の犠牲者を探してるんだわ12月に入っ たら12月の第1月曜か第2月曜になっ たらまた山に行くって言い出すのよ決まっ てるわそれを知ってるくせに私手も足も 出せないでいるのよ落ち着いてとのり子は 彼女の肩を強くゆったいいまなみ私は あなたほど確信は持てないのよあなたの 言うことを100%信用したとしてもよ そう思いたいだけなのかもしれないでも 証拠が何もないのに彼を犯人だなんて 思い込むのは多分間違っていることなんだ と思う誰かにこのことを話してもみんな そう言うと思うわ誰かに話したのまなみは 顔を引きせた話してないけど単なる家庭よ 幸夫とたまに会っている話はまなみにはし たことがないそれはさやかなけじめだった いくら親しい友達だからと言ってまなみに

幸夫のことを話せばテフをさらに裏切る ことになるそう思ったからだったのり子は まなみの肩を掴んでいた手を離した疲れ てるのよまなみきっとそうよたっぷり給を 取ってそれからもう1度考えてごらん なさいよそうすれば何もかも誤解だっ たって分かるかもしれないそうなったら どんなに素敵かしらそうでしょうあなたは 今マイナスの方へ方へと考えようとしてる のよプラスに考えることをやめちゃってる からいろんなことが疑わしく思えるんだ わ思いがけずまなみの目に涙が浮かんだ 彼女は目をうませ唇をかかに振るわせ ながら低い声でお願いと言ったそんな風に 言わないでのり子だけなんだものこんな ことを相談できるのはのり子だけなんだ もの私のこと気が狂ってると思ってるの そうなのね誰もそんなこと言ってやしない でしょうのり子はまなみの手を引き ソファーに座らせようとしただがまなは棒 のように立ったまま激しく抵抗したいいわ 早くあれを見てあれを見ればのり子だって 私の言うことが正しいと思うに決まってる んだからまなは持ちでる足取りでリビング ルームを横切り吹き抜けになった階段を 上がり始めたのり子は後を負っ た2階の主審室に接続する賢介の書斎は 余情ほどの小さな板のまでそこには彼の 登山用品やキャンプの小道具カメラ雑誌 釣り道具アウトドアライフに関する本など が所せまと積み上げられていた生理能力が 内生なのかそれとも室内を乱雑にしておく のが趣味なのかどこに足を踏み出せばいい のか分からないほど雑然としている部屋の 窓際に古い木星の机があったまなは表紙が 外れた雑誌類を踏みつけながら机のそば まで行き真ん中の吹き出しをそっと開け たこれよ小刻みに震える手で差し出された ものは締め1つない白い封筒だった中には 10数枚のカラー写真が入っている1番上 の写真だけがポラロイドカメラで撮影され たものだった写っているのは女だった髪が 長くその髪が顔を全体を覆っている顔は いくらか横向きになっていたが鼻先と 青白い唇の一部が見えるだけで顔そのもの は分からない女は白っぽいパジャマを着て 横たわっていた胸元のボタンが2つ外れて いるくしゃくしゃのシツのようなものが体 の下に見える女の唇はくにあいだように 半開きになってい た死体よまはぞっとするほど低い声で言っ たのり子は叫び出しそうになったもう見 ない方がいいわ気持ち悪くなるからこれ この前あなたが見たって言った写真そう 同じものよこんなところに隠してたんだわ

その他の写真も見てみてのり子は死体の 写真を震える手で封筒に戻すと次の写真に 目を落とした全てどこかのアパート マンションの外観写真だった白い壁の3階 建てマンション三角屋根のアパート住宅街 の真ん中にひっそりと立つ細長い マンションどれもこれもま新しい感じの する建物だった中にはまだ建設中東模式 足場が組まれたままのものもある同じ1つ の建物を様々な角度から撮影しておりこと に1階の部屋の窓や接続する小さな庭 テラスなどが重点的に映し出された人目を しんで撮影したのか画像はファインダーの 正しい位置に収まっておらず斜めになって いるものが多い夜フラッシュを炊いて取っ たものも数枚含まれているのり子は顔を あげたまなが唇を噛んだわかるでしょよく 見てこれ同じ日に撮影したものじゃないわ 曇りの日もあれば天気のいい日もあるし夜 もある2人は目を合わせたまなみの言い たいことはすぐに分かっただがのり子は それを口にするのが恐ろしかっ たあの人物色してたんだわまなみが 途切れ途切れに行った1つ1つこうやって 足で歩いて目星をつけたものを写真に取っ て侵入しやすい建物を選んでたのよ東横線 南部線横須賀線ともかくその路線の近所に ある小さなマンションやアパートを 探し回ってたのよついさっきまで何かしら 明るい気分何事も起こり得ない起こるはず がないと信じたい気分になっていたという のにのり子は立ちまち奈落の底に叩きつけ られたどう解釈すればいいのか分からない 冷静でいるつもりなのに舌がしびれてくる なりのように冷たく重い恐怖が腰の辺り からはい上がってくるどうして賢がこんな ものを持っているのかなぜこんなものを わざわざ撮影しなければならなかったの かここにあるマンションはみんな独身者用 のマンションだわワンルームか生ぜがワン DKで家賃も安そうだし女性向きよね外観 がおしれたものまず間違いなく1回のどこ かの部屋に1人暮らしの女毛入居してる まなみの小鼻がびくりと動いたでもと のり子は必死で別の角度から考えようと 努力した賢介さん最近特に外出がちだった わけじゃないんでしょもしそういう目的で マンションを職するんだったら相当時間が はずよまなに気づかれないように しょっちゅう 可能なんじゃないのまなみはゆっくりと首 を横に振った最近あの人出かけることが 多かったわ時々用があって店に電話しても いないことの方が多かったもの私もまさか こんなことをしてるなんて思っても見

なかったからお店の仕事で忙しいんじゃ ないかって思ってたのよ夜は夜も外出した たまにねお店が終わるのは7時でしょ時々 11時頃まで戻らない日もあったわ商店街 の人たちと飲むことは前からあったから気 にならなかったけどよく考えてみたら おかしいのよ週に1度は必ず遅くなってた ものそれじゃあ普段 はそこまで行ってからのり子は言葉を 飲み込んだドアに背を向けた形でいたまな の後ろ側に巨大な影が膨張しきった黒い 風船のように立ち下がっているのが見えた まながのり子の視線を追った彼女がはっと 息を飲む音が聞こえた何か言うべきだと 思ったが何を言えばいいのか分からなかっ た笑いかけようとするのだが笑顔がどうし ても浮かんでこないどうもとのり子は 心もとない声で言った お邪魔してますと言った後ですぐに後悔し たもっと驚いて見せた方が自然だったかも しれない賢介は表情を変えなかった白いT シャツに川のブルゾンを着ている顔はT シャツと同じくらい白くなっていたが2つ の奥まった小さな目は一見何も見ていない ように見えたあああのとまなが慌てふめい ていったいつ帰ったのそう言いながら 後ろ手に回した写真の束を賢介に見えない ようにのり子に手渡したのり子はそれを しっかり掴むとそのまま引き出しの中に 滑り込ませた引き出しを閉めようとするの だが手が震え指にはめた結婚指輪が机の角 に当たってカチカチと音を立てる大きな 賢介の体が左右にわずかに揺れた彼は唇を 舐め小さく咳払いをし たここで何をしてたたんだ何って別にあの のり子がさっき遊びに来たからそのそうな ののり子はぎこちなく笑った体を少しずら せたせいでやっと引き出しを閉めることが できたうちの旦那に頼まれたのよ本をあ そのアウトドアに関する雑誌か何かもし あったら借りてきてくれって賢はじろりと のり子を睨みつけついで妻を睨みつけると 口を文字に結びしばらくの間じっとしてい たごめんなさいとのり子は言った勝手に 入ったりしてでも私が悪いのまなみに頼ん だのは私なんだから別に今日でなくても よかったのよまた今度照彦と一緒に来た時 に見せてもらうことにするわ奇妙な空気が 流れた男龍と神竜が混じり合う海で泳いで いる時のように温度さのある空気がじわり と足元を包んだ啓介はふっと力なく微笑ん だ空気が和みいつもの彼の乳な表情が戻っ たちょっと忘れ物をしてね彼は誰に言うと もなくそう言い室内に入ってきたまたすぐ 店に戻るんだけど180cmもある大柄な

体がそばをすり抜けていった時のり子は 組み上がるような恐怖を覚えた川崎の マンションで見た血の海を思い出した 大きく足を広げて仰向けに横たっていた女 を思い出した床一面に散らばった鳥の餌を 思い出したそれに加えてマが裏庭の物置き から見つけたという血のりのついた アーミーナイフのこと もまなは喉の奥をひくひく鳴らしながら今 にも泣きそうな顔をしている室内に入 床に積み上げられた雑誌をごそごそと かき回していた賢がふっと2人を振り返っ たどうしたんだえ何がまなみはほとんど パニック状態だった何を見てるえあごめん なさい私何か途方もなく馬鹿げたことを 言いそうになっているまなの腕をつむと のり子は引きずるようにして部屋を出た賢 はいつ家に戻ったんだろういつからあの 書斎のドアの外に立っていたんだろうどれ だけ私たちの会話を盗み聞きしたんだろう かあの写真を見ていた私たちのことをいつ からじっと観察していたんだろうかそして 自分はこの女たちに疑われていると悟った んだろうか何を考えただろう今後どうす べきか考えたのだろうかどうすればいいの か分からなかったのり子はそのまままを家 の外に連れ出し自分の車の助手席に座ら せると黙ったまま車を発信させたこの家に まなみを1人で置いて行くことはでき なかったそれ以上に自分がこの家に残る ことが怖かったとりあえず賢介のいない ところ賢介の目の届かないところに行き たかった恐怖のせいでまなが子供のように 泣き出したのり子は闇雲にアクセルを踏み まっすぐ海に向かって車を走らせ たどうして急に旅行なんかに行くのゆかり が聞いた大輔は旅行と聞いて大はぎで自分 の小さな青いリックサックにおもちゃを 詰め始めていたがゆかりは軽減そうな 顔付きを崩さない母親の様子がおかしい ことに子供ながらいまれない不安を抱いて いるようだねえママたらゆかりはまなみの 着ていたはアゴラのセターをわしづかみに しひひ声で繰り返したどうしてそうする ことに決めたのよ決めたんだから早くし たくなさいでも今日は水曜日でしょ明日 だって明後日だって学校があるのよ先生に はママから連絡しておくから大丈夫よ大輔 だって学校があるわ大の先生にも連絡する わよ分かったいいから早く自分のパジャマ と靴下を持ってきてセーターも入れるのよ あそれからパンツやシャツや歯もねパパは どうするのどこで待ち合わせるのパパは 行かないのよどうしてどうしてもよいつも 旅行する時パパも一緒だったじゃない

ボストンバックに溢れんばかりの下着や 洋服を詰め必死になってファスナを 閉めようとしていたまなみがふに泣き出し たしまらないわ引っかかったあんたが行く からよママはママはゆかりは困惑したよう に口をたし両手でスカートを握りしめ ながら助けを求めるようにしてのり子を 見上げたなんでもないののり子は優しく 言ったあなたのママはちょっと疲れてるの よだからイライラしてるの旅行すればすぐ に治るわだからゆかりちゃんも言われた 通りに早く支度してね今夜はホテルに 泊まるんだからホテルに泊まるのゆかりが 聞いたそうよとのり子は答えたどこの ホテル東京のホテルよしかも立派な一流 ホテルホテルに泊まるのってあなたたち 好きでしょゆかりはこりと付いたのり子は 微笑んだベッドはフカフカよテレビだって ついてるわお風呂は大きいしかっこいいし 冷蔵庫の中にはいっぱいジュースやコーラ が入ってるのそれにねお料理が美味しいわ よフランス料理だってちゃんとお部屋の中 で食べられるんだからフランス料になんか 食べたくないゆかりはベスを書き始めた パパが行かないのなら私も行かない僕も 行かない大輔がしたずの口調で姉を真似し ながら行ったパパが行かないなら僕も行か ないまなみが涙を吹いて立ち上がった自分 が取り乱すば子供たちも動揺するという ことにやっと気づいたらしかったママの 言うことが分からないのまなは子供たちの 尻を交互に軽く叩いたさあ支度して私嫌だ ゆかりが涙声で言ったお家にいる行けませ んまなみは怒鳴った目に新しい涙が浮かん だがそれは流れ落ちては来なかった彼女は 母親に戻っていた2人の可愛い子供たちを 殺人鬼から守らればならないという母親と しての責任感がギリギリののところで彼女 の理性を保たせていたゆかり2階に上がっ てパジャマや下着を持ってくるのよ言われ た通りにしてゆかりはしゃくりあげ しばらくの間もじもじしていたがやがて 観念したのかかれた声ではいママと言った 午後3時半になっていたすでに太陽は 大きく傾き庭に長細い影を落としている あと1時間もすれば日が暮れてあたりは すぐに暗くなってしまうだろうそして夜に なったら賢介が帰ってくる必ずのり子は午 後からの仕事をキャンセルしたまなに 付き添ってあれるのは自分しかいなかった 彼女はまなの子供たちが戻るまでになんと か最善の方法を導き出そうとしたパニック に陥りそうになっているのはのり子とて 同じだったが少なくともまなみほどひどい 状態ではなかった彼女は冷静になるよう

努力した必死になって最前の柵を編み出す と心がけたただの夫婦喧嘩の仲裁ならば これほどのことはしなかったろうと彼女は 思ったせせら笑い挙げ句に腹を立て頭を 冷やしなさいよと一括して報じ出していた だろうだがこれは夫婦喧嘩などではなかっ た賢介は殺人鬼だったそれはもう疑いよう がない事実だったまなみのことはもちろん だがのり子はゆかりと大輔のことが心配 だった賢介は今日あの写真を妻に見られた ことを知ったひょっとするとあの時2人の 女がかわした会話も1つ残らず聞いて しまったかもしれない自分が疑われている ことを知った時殺人者はどんな行動を取る だろうしかも相手が自分の家族だったとし たら唯一考えられるのは無理神獣という ことなった賢介は殺人鬼だったかもしれ ないが少ななくとも家族に対する愛情は 深かった反抗がどれほど異常なことだった としても彼がゆかりや大輔を憎み邪魔に 思っていたとは到底考えられない愛してい たことは間違いがない自分がこの世で最も 大切に思い最後の砦にしていたものに最も 知られたくないことを知られてしまったの だ賢は子供たちを殺し妻も殺してから自分 も主選ぶだろうそれ以外に救われる方法 など一体あるのだろう か急いで子供たちをどこか安全な場所に 避難させねばならなかったまなの実家は 東京の杉並にあるが未亡人となった母親は 血圧が高く心配な状態が続いているそんな 母に賢介の一見を持ち込むなどそれこそ 殺人行為に等しかったかといってのり子の 家にらせるわけにもいかない照彦には今夜 にでも賢介のことを打ち明けるつもりだっ たが打ち明けたとしても母子3人を賢介の 親友の家に止めておくのは危険だった賢介 はしらみつぶしに母子3人の行を探る だろうしそうなったら必ず照彦とのり子の 家を尋ねてくるに決まって いる結局子供たちが学校から帰ったらすぐ に荷物をまとめさせ車で東京のホテルに 逃げる方法を取るのが1番いいということ になった警察には子供たちの安全が確保さ れた段階で通報する危険を指した賢介が 逃亡する可能性もあったが少なくともそれ でまなや子供たちの安全は保証されるのだ まなは人に泣いた警察は信じてくれる かしらと言って泣きじゃくったのついた アーミーナイフも血のついたTシャツも もう彼女の手元にはなかった昼間忘れ物を したと言って突然戻ってきた賢介が再び出 ていった後2階の書斎を調べてみたが すでにあのマンションの写真と死体の写真 は引き出しから抜き取られていた証拠は何

もなかった何 もなぜあの写真を元あった場所に戻して しまったのか悔やまれたないものは仕方が なかった警察に全てを話し理解してもらう しかない2階の子供部屋に上がっていった ゆかりはなかなか降りてこなかった大輔は とくに用意を終えさっき母親が取り乱した ことすら忘れたかのようにテレビの前に じんどってファミコンを始めてるまなみは 大輔にファミコンをやめるように銀行の クレジットカードや保険証などをまとめて 大きな財布に押し込むとイライラした顔で 階段の下から声を張り上げたゆかりまだな の早くなさいもう行きますよ子供部屋の ドアが開くとかした子供らしい想像しい 足取りでゆかりが階段を降りてくる セーターや下着靴下などを両手で抱えた 彼女はさっきよりも明るい表情をしていた 何してたの遅かったのねまなは行った ゆかりは手にしたひかえの衣類をまなみに 言われた通りボストンバッグの中に 押し込むとあのねと顔をあげた私パパと 電話してたのパパったらびっくりしてたわ よ私たちが旅行に行くなんて全然知ら なかったって言ってたものでも教えてくれ てよかったってだから 私まなみが片腕を通しかけていた川の ジャケットがそのままの形でするすると床 に滑り落ちたまなは方針したように 立ち尽くしたのり子はそっと床にの腕を 取ったゆかりちゃんパパに電話したのした わゆかりは母親の方をちらちらと伺い ながら答えたパパとママの寝室にある電話 で電話でなんて言ったの旅行に行くって ママと私と大輔と3人でそしたらパパは なんてだからびっっくりしてパパはそんな ことちっとも知らなかったっって言って どこに行くのかあなた教えたのゆかは おどおどし始めたなぜ父親に電話をした ことがいけないことだったのか分からずに 混乱しているいいいいゆかりちゃん大事な ことなのよゆかりちゃんやママがどこに 行くのかパパに教えた教えた東京のホテル に泊まるんだってはの方を見たまなも のり子を見たゆかりが泣き出したパパも 一緒に行けばいいじゃないのパパだって 1人ぼで残されたら食るわパパが かわいそう泣かないでゆかりちゃんのり子 はゆかりを抱き寄せたもう少し教えて ちょうだいパパは他になんて言ってた ゆかりは鼻を擦り上げたすぐ家に戻るから 待ってなさいって3人ともどこにも行っ ちゃいけないってのり子は反射的に腕時計 を見た4時20分藤沢の駅前にある賢介の 店からは車を使えば78分で自宅に戻る

ことができる駐車場まで行く時間を含めて も10分あれば十分だすぐ出た方がいいわ のり子はまなみを流したあなたは子供たち を車に乗せてエンジンをかけてて荷物は私 が運んであげるからま波は弾かれたように 車の木を掴むと大輔とゆかりの手を取り そのまま玄関に引きずっていった大輔が 母親の荒々しい仕草に文句を言いゆかりは 大声で泣き出したお願いとのり子は思った 泣かないでともかくここを出ないとあんた たちも危険なのよ家の戸締まりをしていく べきかどうか考えたがすぐにそんな暇は ないことを知った賢はもうすぐ近くまで来 ているかもしれない一刻も早くここを出 ないと私まで危ない目に合うのり子はまな のボストンバックとゆかりのバックそれに 大輔の小さなリックを片っ端から 持ち上げるとすぐに玄関を飛び出した まなみがヒステリックに車のエンジンを かけている助手席のドアを開け荷物を 放り込んだゆかりは後ろのシートで恐怖に 変られた顔をしながら泣きじゃくっており 大輔は自分も泣くべきかどうか判断しがい ような顔きでじっとあたりの様子を伺って いた夕暮れの迫った住宅地に他に人影は なく車の影も見当たらなかったまなみは 青白い顔をしたまま車をバックさせ路上に 出ると運転席の窓からのり子に向かって 行ったのり子も早く逃げて分かったわ まなみ運転には気をつけるのよ電話を必ず ちょうだいねまなは頷くとアクセルを踏ん だがガクンと大きくバウンドしたついに 泣き出した大輔が助けをまとめるように 母親に向かって両手を差し伸べているのが 見え た車はタイヤを鳴らしながら猛烈な スピードで走り去っ た後には静寂だけが残っ た冷たい夕暮れの風が耳元を吹き すぎるのり子は突然 例えようのない恐怖にからられ叫び出し そうになっ た賢がここに 来るもうすぐここにやって くる足を大きく持ちでさせながらのり子は 自分の車に 飛び乗り震える手でイグニッションキーを 入れ た 早く 早く早くここから逃げなければ 慌てているせいでなかなかエンジンが かからない太陽はぐんぐん光を弱めていく まなの家の庭は傾いた太陽のせいですでに 薄暗くさえ感じられ

たまもなく夜が来るあと340分も経てば ここも闇に包ま れるやっとエンジンが勝った時は子は あまりの恐ろしさに同点しもう少しでギア をバックに入れたままアクセルをふかし そうになってしまった自分の車のエンジン 音が近づいてくる賢介の車のエンジン音の ように 聞こえるやっとの思いで車を走らせ表通り に出た時反対側の車線を猛スピードで自宅 の方に向かって曲がろうとしている賢介の 車が見えたのり子は全身を板のように硬直 させながら鎌倉の自宅に向かってアクセル を踏ん だ一刻も早く自宅に戻って家中の雨を閉め 鍵をかけ照彦に電話をしたかったすぐに 帰ってきてと叫びたかっただが夕方の道路 は予想外に混雑していた車を持ったように 進んでくれないもっと早く夫に打ち明けて いればよかったとのり子は後悔した夫は すぐには信じなかったかもしれないがそれ でものり子の言うことであればいずれは耳 を傾けてくれただろう賢介の親友であり まなみとも昔からの仲間だった照彦その 照彦に何も相談せず雪夫にだけ相談して 納得したつもりになっていた自分が 恥ずかしかっ た渋滞した道路で父として進まない車の中 に押し込められているとすぐ真後ろに賢介 の車が迫ってきているような錯覚に 囚われるのり子は収支バックミラーを除き 後続者に見慣れた賢助の車がないかどうか 確かめたそれらしき影は見当たらなかった 自宅の車庫に車を入れるのももどかしく家 の門の前に注射させたまま玄関に飛び込ん だすでにありはとっぷりとくれていた 大急ぎで部屋という部屋の雨戸を閉めて 回る全部閉めてからキッチンに行って 冷たい水をコップ1杯飲み干し外の物音に 耳を済ませ たかすかに遠くで車の音がしたそれははか 遠くの国造をう車の音に過ぎなかった照彦 の書斎に入りドアを閉める家の中で斎が 最も安全な場所であるような気がした書斎 には窓がない元々窓はあったのだが仕事の 際に外の光が見えることを嫌う照彦が壁に してしまっ た壁という壁には天井まである書棚が 作りつけられておりドアにも鍵がかけ られるようになっている中に入っていると それだけで安心でき た黄色 温かな色合いのフロアースタンドをつけ のり子は部屋の真ん中に据えられた マホガニのデスクのそばに行った座り心地

のいいかすに腰を下ろし背もたれに 寄りかかって目を 閉じる耳が痛くなるほどの静寂の中で鼓動 する心臓の音だけが聞こえて くる椅子の背には照彦が愛用しているの 茶色いフードつきブルゾンがかかっていた いつも彼が研究旅行の時に着ていく ブルゾンだ随分長い間クリーニングに出し てなかったから照彦の 匂い愛用している発量の匂いが染みついて しまって いる恐怖が少しずつ溶けていき落ち着きが 戻ってくるのが感じられたまなみのことが 心配だったがとりあえ彼女は車で東京に 向かっている賢介とて公衆の面前で祭祀を 差しこすことはないだろう万が一ホテルを しらみつぶしに探してまなみたちを見つけ たとしてもその時はすでに警察がまなみ星 を保護してくれているに違い ないのり子はため息をつきながらデスクの 上の電話の受話器を取っ た空で覚えている大学の電話番号回す内線 で照彦の研究室を呼び出してもらうとまも なく受木の奥に重々しい彼の声が聞こえて きた私よのり子は言ったお願いこれから すぐに帰ってきて大変なことになってるの よどうした賢さんがそれまでこらえていた 涙が溢れ言葉が不明量になる彼女は息を 大きく吸い ともかくすぐに帰ってと繰り返した照彦が 声を細めた賢介がどうしたんだ電話じゃ うまく説明できないわでもねよく聞い て彼例の連続殺人事件の犯人だったの よまなみとゆかりちゃんたちはさっき家を 出て車で逃げたわ 賢介さんはまなみたちを殺そうとするかも しれない警察にはまなが通報することに なってるんだけどああなた私だってもしか したら危ないかもしれないのよ私だって 証拠品を見てしまったんだからおい待てよ わけがわからないよ 犯人啓介か君も危ないって一体全体どう いうことなんだのり子はしゃくりあげた私 死体の写真とか新築マンションの写真 なんかも見ちゃったの見てるところ賢介 さんに見られてしまったの警察を呼んだ方 がいいかしら賢介さんまなたちを見つけ られなくて私を先に殺しに来るかもしれ ないおいのり子しっかりしよう怖いの怖い のよ早く早く帰って照彦はよし分かったと 言ったすぐに戻るそのままでいなさいそこ を動くんじゃないよ電話はぶつりと切れた のり子は受を戻してから両手で体をくるみ こんだ何かの気配が感じられた書斎のドア の外の辺りだ音はしない密かな空気の動き

れのような気配がドアの外でうめいている のり子は息をこしながら恐る恐る耳をそば 立て た今度は何も聞こえなかった気のせいだと 思った雨戸は全部閉めたはずだ1階の雨戸 はもちろんのこと2階の雨戸も全て雨戸 だけではないガラス窓にもしっかり鍵を かけたブルトーザーでも使わない限りこの 上のような建物に誰かが侵入できるわけが ない尻の下で皮張りの椅子がぎしっと音を 立てたのり子は驚いて飛び上がった今の音 は椅子の音だ彼女は苦わした何をそんなに 怖がってるのここにいる限り怖いことは何 もないじゃないのあたりは静かだった耳を 済ませてみるドアの外には何の気配も感じ られなかった 気を取り直したのり子はつま先だっって 書斎を横切ったノブの鍵が壊れていないか どうかもう一度確認するためにドアの前に 立ったノブをゆっっくり回してみるロック が外れる音がした大丈夫壊れてなどいない ちゃんと鍵はかかるようになっているだ からもう1度こうしてノブのロックボタン を押して ロックボタンを押してが凍りついた 鍵玄関に鍵をかけただろう かのり子は口を押さえ た慌てて車を降り玄関に駆け込んだ後の ことはよく覚えて いる家中の窓のことばかり気になってい たなぜだかわから ない殺人者は窓から侵入してくるものだと 思い込んでいたせいかもしれ ない天戸は閉め た確実に閉め ただが玄関はどうだったろう かドアチェーンは愚か2つついている鍵 すらかけなかったのではあるま かすぐに鍵をかけなけれ ばはたった今かけたばかりのドアロックを 外し廊下の外に飛び出し た何かがグイっと彼女の両手を捕まえ た悲鳴をあげる前に彼女は目の前に 立ちふさがっている賢介の巨体を見上げる 形になっ た心臓が止まるかと思われ た彼女は胸を鳩のように膨らませて 絞り出すような悲鳴をあげ ただが悲鳴は声になっていなかっ たのり子ちゃん賢介は言っ た黙って入ってしまって悪かった玄関を 覗いてみたら鍵がかかってなかったんで やめてやめて話してのり子はもがいた賢介 はそれまで掴んでいた彼女の腕を話し 書斎から漏れる光の中で賢介の顔が青白く

光っ た変だと思ってたんだ車はあるのに中が 真っ暗でなあなあ何のような の聞いてもらいたいことがあってさ言って おくけどもうすぐ照彦が帰ってくるの よ彼はけけ警察を呼んだかもしれない わすぐに出て行かないと あなた何を言ってるんだ賢介は悲しそうな 顔をして一歩前に歩み出 たのり子は一歩下がっ た書斎に飛び込んでドアを閉め鍵をかけて しまうことができれ ばだがそうするためにには少なくとも3死 秒の時間は必要 だ賢介は目の前に いる3四病もあれば書斎に飛び込む前に 廊下に押し倒されてしまう だろうまなはなぜ逃げたんだ子供たちまで 連れ てそんなに僕が嫌になったんだろうか賢介 はつぶやくようにに行ったのり子は頭を 激しく横に振っ た僕が悪いのは分かってるそんなことは 100も承知 だだがまなみにはこんな形で突然出て行っ てもらいたくなかった僕はどうしたらいい それ以上近づかないでのり子はじりじりと 近寄ってくる賢介を避けながら後ずさりし たカの目は狂気をはんでいたどんよりと 曇っているくせに瞳の中心だけが獣のよう に鋭い光を放って いるのり子ちゃん彼は言った君まで逃げる のかお願いとのり子が言った顔が大きく 歪み涙が溢れてき た私を殺さない であなたは狂ってるの よ3人も殺したんだ からもういい でしょう沈黙があっ た10秒か15 秒あるいはそれ以上だったかもしれ ない奇妙な音が賢介の口元から漏れ たそれはうめき声のようにも聞こえたし 笑い声のようにも聞こえ た何を言ってるんだいのり子 ちゃん彼は身をかめのり子の顔を覗き込ん だ僕が君を 殺す3人も殺し たどういうこと だのり子は越しながらまじまじと彼を 見上げ た 賢介は続け た浮気をしただけの僕がどうして君を殺さ なくちゃいけないん

だ恐怖は去っていかなかったが少なくとも 恐怖の歯車が狂いだし何かとてつもなく 固形な方向に動き始めたような気がし た全身の震えが一瞬にして収まっ たのり子は漠然として賢介を見つめ た一体何があったんだ賢介は子供に 問いかけるように静かに行っ た ナイフ単が絡まった声でのり子は言っ た血のついたナイフは何だった のそれから死体の写真や血のついたてT シャツや新築のマンションの写真は え賢介は眉を潜めた血のついた ナイフまみから聞いたのに物置きにいえ ないバッグがあって中にあなたのTシャツ とアーミーナイフが入っててそこには血が ついてた ってああ あれ賢介は間違いなほど良きに行った 山歩きした時野犬に襲えそうになったんだ アーミーナイフで刺してやった近くに皮も なくて血を洗い落とせなかったんでナイフ はそのまま持ち帰ったんだTシャツに くるん でずっと後になってからやっぱり捨てるの が一番いいと思って捨ててしまった がどうしてそのこととまなみに黙ってたの 物置きに隠す必要はなかった でしょ女が一緒だった賢介は聞き取れない ほど小さな声で言った店の客だよ若い娘だ 彼女はどういうわけか僕につきまとっ た僕も男だし ね言いおられて悪い気はしなかった好きに なったと言ってもいい 彼女が一緒に山に行きたいって言い出して さまなみにそんなことは言えない し夜景の話をしたらまなみに女のことが バレてしまいそうで怖かっ ただから黙ってたん だ女と秘密の山歩きをした時の話なんか まなみに一言だって言いたくなかった じゃああの写真はあああの髪の長い女が 映ってたポラロイド だろう彼女が眠っている時いたずらに取っ てやった死体の 写真そういえばそう見えたかもしれんな あの時彼女は死体みたいにぐったり疲れて 寝てたから賢介は力なく笑って鼻の下を こすった なんだか僕が知らない間にとんでもない ことが起こっていたようだ ねそのようねのり子は言い俯いたアンドが 波のように押し寄せた笑いたかっ た今笑い出したら永遠に止まらないのでは ないかと思われ

た話してくれないか彼は言ったのり子は 頷き彼をを書斎の中に入れたそして長い 時間をかけてこれまであったことを全てを 話して聞かせた彼は笑わなかっ た川崎の飲み屋のマッチは確かに彼女と 一緒に入った飲み屋のマッチだよでも連続 殺人が起こった日に限って彼女と会っ ていたのは本当に偶然 だ自分でもこうして聞いているだけで怖く なって 来る冗談じゃないよ僕はまなみを一時期 裏切ったかもしれないが人を殺そうなんて 思ったことも ないじゃああの新築マンションの写真 は彼女が引っ越したいって言うんで今を 見つけて2人で新築マンションを見に行っ た時のスナップだよ彼女は小さな庭つきの 部屋がいいって言って1階の部屋を希望し てた だから1階の部屋ばかり映してたんだ今日 午前中に忘れ物を取りに家に戻ったら僕の 部屋で君とまながあの写真を見てた だろうついに知られてしまったと思って僕 は何と言ってごまかそうかと午後の間中 必死で考えたそんな時さゆから店の方に 電話があって突然家を出るっていうを聞い たの は僕がどれほど焦ったか分かるか い車で駆けつけると家は抜けの殻で誰もい なかった君の家にすぐ電話したんだそし たら誰も出なかったその頃私はここに 向かって車を走らせてたんだ わのり子はくもった声で言ったうんそうと は知らなかったから僕僕はまっすぐ君の家 に行ってみようと思った君ならまなの 行き先を知っていると確信してたからね 行き先を聞いてすぐにまなのとろに行き 全てを話して謝るつもりだったは ああ賢介さん たらのり子は身を乗り出して賢介の膝を 両手で何度も叩いたあなたったらこんな 心配をさせて よかっ たよかった わただの浮気だったならどうして早く行っ てくれなかったのよよりによってどうして 血のついたナイフなんか隠してたのよ死体 みたいに見える女の写真までつけ て元はと言えば僕のせいだが彼は口を噛ん だでもまなみもバカだな僕が 感殺人なんかできるはずがないのにのり子 は顔をあげ大きく頷いて微笑ん だ涙が浮かん だかつての仲間賢介の顔が涙の中で由来 だこんなことはしていられないわのり子は

笑いを含ませながら立ち上がったまなみに 電話しなくちゃ彼女品川のPホテルにいる のよ偽名で予約してあるのそろそろついて いてもいい頃だわ電話してくれよのり子 ちゃんこの上警察に来られたらたまんない よのり子は深く頷き電話の受話を取った ホテルにはまだまなたちは到着してい なかったのり子はフロントマンに伝言お 願いと言った何もかも誤解だった安心して すぐこちらに連絡するようにて かしこまりましたとフロントマンは言った 受を下ろすと賢が立ち上がった僕はホテル の方に行くよのり子は頷いたそれがいいわ まなから連絡があったら今のこと全部話し ておくから詳しいことはあなたから説明し てあげて誠意を持ってねオと賢介は言った 玄関で靴を履きながら彼はとのり子を 振り返っ たのり子ちゃん 何人生ってやつは 時々とんでもないことが起こるんだな のり子は微笑んだ全くその通り ね賢介が出て行ってからのり子は家中の 電気をつけて回り再び書斎に戻ったあまり に国旗で あまりに幸福で泣いてしまいそうだっ た照彦が戻ったら一十を語って聞かせ今夜 は2人で飲み続けることになるだろう 大笑いし ながら彼女は椅子の背からテフコの ブルゾンを取り上げ彼の匂いを胸いっぱい に嗅い だフードのついたブルゾンには彼の匂い ばかりではなく埃や太陽やその他わけの わからない匂いがぎっしり包まっていた そうやって彼の匂いを嗅いでいると力が みってくるような気がし た玄関チャイムが鳴り響い た慌てた様子でドアの鍵が開けられる音が する立ち上がりかけたのり子はほっとして 再び椅子に座り込ん だのり子 照彦の声が響き渡るどこに いるここよバタバタと足音を立てて夫が 書斎の方に走ってき た勢いよく書斎のドアが開けられたあまり の心配のせいで口を閉じるのも忘れたとで も言いたげな照彦がだらしなく口を半開き にしたまま室内に流れ込んできた黒の ジャケットを着て色のネクタイを閉めて いるネクタイはほけかかり彼がそれこそ 取るものもとりあえず駆けつけたことを 物語っていたどうした大丈夫かのり子は 頷き片手で頬をっ た何かで説明していいのか分からない

わでも何でもなかったの よさっき分かったのバカみたいよこれは 一生忘れられない失敗団になるわ照彦は かかに息を弾ませながら机の方に歩み寄っ たまだ不安が全身に張り付いているのり子 は笑顔と共に行っ たごめんなさい驚かせてしまっ て私やまなみの誤解だったのしかも とんでもない 笑い話 笑い話そうなのよ私たらとんでもないわ のり子は机の上に広げた夫のブルゾンの フード部分に笑いながら顔を埋めたなんだ どうしたんだよ言ってごらんそんなに笑っ てられると頭に来るなこっちは驚いて タクシー拾って帰ってきたんだぞ あのねのり子は顔をあげようとし た 何かざらざらしたものが頬につい たあなただって聞いたら大笑いするわ きっとそう言いながら頬に指を 当てそこに張り付いたものをつまみ あげるさっき賢介さんがここに来たんだ けど 不に時間が止まったような気がし た彼女 は長い 間身動き1つせずに指先につまみ上げられ たものを見つめてい た賢介がここに来たそれでどうしたん だそこで誤解が解けたの か夫の声は耳に入ってこないなっ た指先には小さな粒が2 粒めり込むように挟まれて いるそれ は小鳥の餌だっ たまき1つせずにのり子はフードの中に 片手を突っ込ん だ小の餌がフードの先端部分に数えきれ ないほど溜まって いるあの川崎のマンションで見た殺人現場 の記憶が蘇っ た被害者は鳥を飼っていた真っ白な文調を 2 話ピーコとチコの餌と書かれたのの缶が床 に転がってい たそして床一面に散らばっていた小鳥の餌 そのブルゾンは照彦が研究旅行の時に必ず 着ていくブルゾンだったそういえば彼は あの川崎の事件があった日岩手に1人で 旅行に行っていたはずだこのブルゾンを着 ておいのり子どうした照彦が苦笑いし ながら近寄って くるもったいぶってないで言えよ彼女の頭 の中

古いひくがパタパタと音を立ててめくり 上がっ た溝の口で看護婦が殺された日照彦は研究 旅行に出ていて不在だっ た無小杉で短大生が殺された日照彦は やはり研究旅行に出ていて不在だっ たりっこで早くから母親をなくし父と祖母 に合いされて育った 照彦今でも家の難度に過去の自分の栄光を 大切に保存しているテる 彦自分が欲しいものは何があっても手に 入れてきた テる時折りベッドの中でやや理解しがたい サディスティックな行為に走る 照彦のり子 夫の太い 指ソーセージのような太い指が伸びてきて のり子の腕に触れ た熱でも出たような顔をしてる ぞ微読もうとするのだが顔は能面のように 硬直したままだっ たのり子はブルゾンの風度に片手を 突っ込んだまま小鳥の餌にれ指先が ばり 震え鋭利な刃物とかして布を切り裂きそう になるのを感じ ながら じっと夫を見上げてい た 選び抜かれたとっておきの名作朗読文芸集 文芸ホラースリラーサイコサスペンス人生 に潜むミステリアスな空間の数々おすめは こちらよろしかったらチャンネル登録 ボタンを押してください

#文学 #朗読 #小池真理子
人間に潜む内面の暗を、ドラマチックに
描いた心理サスペンス。

避暑地のホームドラマのワンカットの様な
描写……そこに住む人間の闇と光が交差し、
小池真理子タッチのミステリアスなるものが
影絵のように様に浮かびあがります。

ラストのドンデン返しも見事!!!

@名作朗読チャンネルBun-Gei

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小池真理子(こいけまりこ)

1952年 東京生まれ。
成蹊大学文学部卒業。
平成8年「恋」で直木賞受賞。

数々の大ヒット長編小説がある一方、
短編の名手としても知られ、短編集も
数多く発表している。

またエッセイストとしても人気がある。

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ケリー・シラトリ(けりー・しらとり
東京生まれ。
メディアクリエーター・女優・作家

幼少期より劇団に所属、子役として舞台等で活躍。
文化放送アナウンススクール卒業。
学生時代はラジオ・TV等放送局でアシスタントとして活躍。
海外生活に長け文筆家としてコラム・エッセイなど多数掲載。
FM局MC、司会業、朗読会等多数。
パロディ、バラエティ、ミステリーまでこなす実力派女優。
現在は作家・放送作家・メディアクリエーターとして幅広く活躍中。

7 Comments

  1. マジで?
    ここからが
    ストーリーの始まりって感じで…続編お願いします🙇
    面白かった。ドラマ化出来そう…
    妻的には浮気は笑い話にはならんけど😅

  2. [エッー👀健介…?]普通燃やすか捨てるわよねー。物置きに隠すかなぁー?(はめられたのかも…。)サスペンスって、ちょっぴり怖くゾクーッとするところが…😱うふ…ふ。[ワォー!]ゾクゾクするわー。今回も楽しませて頂きましたー。犯人は輝彦。

  3. やはり、こいケリー様コンビは最高✨
    のりこの家でのシーン、
    心臓がドキドキするくらい
    こわかった。
    引き込まれる朗読、
    今回もとても良かったです💕

  4. ああ怖さと根気と時間かかった。
    うわーん。
    違うこわさにまたまた
    驚かされた
    どちらも癒される事は
    ないミステリー
    夢にまできたら休もう

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